Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

励ます会を開催していただいて


昨日、3月21日(金)に、SIV退任にあたっての励ます会を開催して下さいました。退任するにあたって、多くの人と当日お会いすることができて、皆様のお気づかいを感じて、本当に幸せにこの仕事を終えることができます。ご尽力下さった皆様、いらして下さった皆様に御礼申し上げます。



今回の励ます会に参加させていただいて、特に

  • 本当に多くの皆様にご参加いただいたこと。久々にお会いできた方が沢山いました。
  • 森さん自らが総合司会を担当して下さったこと。
  • 國領先生からのご挨拶。
  • 応援指導部のエール。
  • スタート時の塾歌。
  • 多数の方からのメッセージ。特に海外の方からも。
  • 多くの皆様にいただいたご挨拶。
  • 卒業証書。
  • 記念のプレート。"敢為活発堅忍不屈"という言葉初めて知りました。修身要領ちゃんと読みます。
  • 事務局の皆様へお礼を言う場を下さったこと。
  • 三田の丘で歌う「丘の上」。この歌の歌詞、本当に良いですよね。特に3番の歌詞が大好きです。
  • 2次会、3次会に多くの皆様に参加いただいたこと。
  • 記念にいただいたアルバム。
  • 当日の写真集。参加した皆さんが楽しそうな顔をして下さっています。

は本当に私にとってうれしい思い出で、一生忘れられない1日となりました。こんなに感慨深い日は、大学の卒業式+園遊会以来かも。


でも、これで本当に一つのフェーズが終わったんだ、と実感しました。寂しいけれども、これからは、博士取得に邁進してがんばっていこうと思います。


最後に当日私が皆様の前でお話させていただいたスピーチを掲載させていただきます。


ご挨拶


まずはじめに、今回の「励ます会」を企画・運営して下さった國領先生、森さんをはじめとする発起人の皆様、大久保君をはじめとする幹事の皆様に御礼申し上げます。ありがとうございます。


私がSIV事務局長の退任を決意したのは、30歳の誕生日を迎える半年前の2007年の8月のことです。でも私の事務局長退任は大変多くの皆様にご迷惑をおかけすることになるので、この話は一歩一歩ステップを踏みながらご相談をさせていただきました。大変幸せなことに、これだけ多くのご迷惑をおかけする私の決断に、皆様快くご理解を示して下さいました。そして何よりもうれしかったのは、私の「わがまま」でスタートし、私の「わがまま」なやり方で推進してきたこのSIVの活動の価値を認めて下さって、私の退任後も引き継いでいこう、とおっしゃって下さった方が多数いたことです。ちなみに、私が退任すると決めた途端に、周りの方が今まで以上に深く活動にコミットして下さるようになり、「こんなにみんながんばれるなら、もっと早くがんばってくれれば私はもっと楽だったのに」と悔しく思うと同時に、でも新しいフェーズがスタートするときのパワーというのはこういうもの何だな、ということを体感することができました。SIVという個人の「わがまま」な活動から、KIEPという社会的使命を持った組織に変化するということは、今までのSIVの歴史の中でもっとも大きな進化であろうと思います。

さて本日は、「新しいフェーズのスタート」として、「なぜ、私はこのタイミングでSIVの事務局長を退任する決意をしたのか。そしてこれから何をやりたいのか。」ということと絡めて、2つのことをお話しさせていただきたいと思います。


一つ目は、”Great Vantage Point”に到達して見えたもの、という話です。まず、私がSIV事務局長を退任するにあたって、一言申し上げたいのは、私の退任の理由は、SIVの活動に飽きたからでも、道半ばで諦めたからでもない、ということです。この仕事は私の天職だと思いますし、今後もSFCや慶應義塾、そして今後のSIV/KIEPの活動に貢献していきたい、という思いに変化はありません。
でも、一方でこのSIVの活動を進めながら、一歩一歩コミュニティが大きくなり、内外で「日本のインキュベーションの成功モデルになりつつある」という評価をいただくことが増えた一方、やればやるほど、私自身の能力の限界を感じつつあったことも確かです。あと5年、10年この仕事をやれと言われればこの活動を維持・継続することはできたかも知れない。でも今の延長線上でこの仕事を続けたとしても、その成長はたかが知れている。このままでは、自分が本当に実現したかったことをSIVでは実現できないし、更に言えば自分の能力が慶應義塾のインキュベーションの発展にとってのボトルネックになってしまう、と感じていました。

この6年間、私は大変多くの皆様にお世話になってきました。SIVを6年間維持し、発展する土台を作ることができたのは、多くの皆様の善意で、支えて下さったお陰です。この仕事やればやるほど、その皆様の善意や期待を裏切ることはできない、という気持ちの中で、必死にがんばってきました。本当に必死に毎日を生きてきました。でも、不思議なもので、いざ退任することを決めると、自分の過去の活動を冷静に振り返ることができるようになり、今後やりたいことがますます増えてくるようになりました。
具体的には次の活動として、SIVで培ってきた活動をアジア全体に広げて、アジア全体のイノベーションやアントレプレナー育成を担う、そのようなプラットフォームをシリコンバレーから実現したい、と思っております。いわば、SIVアジア版をシリコンバレーを拠点としてスタートしたい、と思っています。
シリコンバレーにて、今までのSIVで培ってきたネットワークを活用しながら、会員企業の皆様のグローバル展開の事業をご一緒したり、SIVから育った卒業生の留学のきっかけを作って一緒に活動したりしながら、グローバル優位の拠点作りを実現していきたい、と思っています。
20代の間に必死に頑張り続けてきたからこそ、Great Vantage Point、これは英語で、見晴らしのきく地点、よい観戦場所という意味ですが、そのGreat Vantage Pointに到達することができた。でも、Great Vantage Pointに到達した今、もっと高い山が沢山見えるようになりました。例えるならば、本当に実現したいことがエベレストに登ることだとすれば、今はSFCの丘の上に到達したくらい、ということでしょう。SFCの丘の上に到達することによってやっと富士山が見えるようになってきた、ということかと思います。


二つ目は、”Don’t trust over thirty”の先にあるもの、という話です。
私自身は、これからやりたいことが沢山あります。でも考えれば考えるほど、私が人生で本当にやりたいことの本質は今までのSIVの活動そのものでした。SIVを立ち上げたときの思いを、人生のどこかで、「本物の活動」として実現したいと思っています。でも今の自分の能力ではそれは実現できないことも明らかです。そこで、今までお世話になった方々への感謝の気持ちを示すためにも、それを実現するために、今回私がSIVから去るにあたって、自分に課した3つの宿題を宣言させていただこうと思います。

一つ目は、「博士を速やかに取得し、研究者としての基礎を身につける」ということです。私自身、2005年より博士課程に入学し、博士の取得を目指して参りました。しかしながら、SIVの活動を言い訳にしながら、博士取得のプロセスが全く進んでいない状況です。将来私自身がこの活動を進めるにあたって、博士取得は大学を基盤として活動する以上必要不可欠です。今までのように、「SIVが忙しいせいで」、という言い訳ができなくなる今こそ、この1年で真剣に博士取得に集中し、速やかに博士を取得したいと思います。この速やかというのも大切と思っています。人の期待やお気持ち、というのはいつまでも続くもではありませんから。
博士取得後も研究者としての修行を積んでいく必要がありますが、私は良い論文を書くだけではなくて、ぜひ産業界の皆様に「さすが博士を持っている人は、産業界においても活躍する人材なのだな」と思っていただけるような研究者になりたい、と思っております。そのためには、かなりの知識と経験と修行が必要です。でも、SFCの博士は具体的に社会に役に立つんだ、ということを身を持って示していけるようになりたい、と思っています。

二つ目は、「技術系Start-upのマネジメント経験を積む」ということです。私が本当にSIVで実現したかった初心は技術シーズのインキュベーションです。それを本当の意味で実現するためには、個別技術のマーケットを知っていること(=そのマーケットのキーパーソンとのネットワークを持っていること)と、Start-upのマネジメント力の二つが必要不可欠です。それなしには、本物のインキュベーションはできません。そのための修行として、人生のどこかできちんと技術系Start-upのマネジメントを経験したいと思っています。この経験を自分の人生においてリバレッジのきく経験とするためにも、グローバル水準の経営チームの中で、厳しく揉まれる経験を積みたいと思います。

三つ目は、「人を育てる能力を身につける」ということです。 この活動は、色々な意味で学生の皆さんに支えてもらいました。学生がいたからこそ、実現できたことが多数あります。でも、いざ振り返ってみると、私ができたのは、学生が育つ環境を作ることだけ。私自身が本当に学生を育てることができたのか、というと自信がありません。SIVの実体は、優秀な学生たちがSIVの環境で勝手に育ち、私の「わがまま」を聞きながらSIVを支えてくれた、ということです。もし私自身に、人を育てる能力があったとすれば、もっとこの活動を発展させることができたように思います。
SIVでは大変多くの皆様にお世話になりました。でも、本当の意味で私を育てて下さった方は、村井先生、國領先生、熊坂先生の三人だと思っています。6年前に私がSIVを立ち上げた頃、右も左も分からない状態でした。今よりもはるかに頼りない若者でした。そんな私に村井先生、國領先生、熊坂先生は、SIVのすべてを私に任せて下さいました。そして任せるだけではなく、この活動の防波堤になって、私の無謀な活動について、全てのリスクをとって下さいました。時に励まし、時に叱って、私が見えていない視点を常にご教授下さいました。人を育てるということを身を持って示して下さいました。私自身が、SFCでそのような恵まれたチャンスをつかめたことを幸せに感じると同時に、そのようなチャンスをぜひ後輩にも提供したいと思いながらSIVの活動をやってきました。
今の自分は6年前の自分みたいな無謀な人材を引き受けて育てる自信はありません。でも、それができるようにならないと、自分が本当に実現したいことができない、と思っています。これを実現するためには、自分の専門性を磨くこと、人格を養うこと、社会的な実績を積むこと、社会の広さ・深さを知ること、本当に多くの解決すべき課題があります。でもいつか自分も村井先生、國領先生、熊坂先生のように人を育てることのできる立派な大人になりたい、と思っています。

私は、常日頃学生に、”Don’t trust over thirty”、つまり本当に斬新でイノベーティブな発想や行動は30歳以下の人から出てくるんだ、と言い続けましたし、自分自身もそう思って20代を過ごしてきました。
でも、私がこれから実現しないといけないことを改めて考えていくと、”Don’t trust over thirty”のフェーズでは学ぶことのできないことが多数含まれています。社会においてイノベーションを持続的に誘発する仕掛けを作るためには、”Don’t trust over thirty”を前提としながらも、その先にある大人にしかできない「大人の流儀」が重要であるように思います。”Don’t trust over thirty”で走り続けた20代を体験して30歳になった自分だからできる「大人の流儀」を身につけていきたいと思います。それを身につけることなしに、自分が本当に実現したいことはできない、と思っています。30歳というのは、そうした新しいステップに踏み出すちょうど良いタイミングです。


今回のこの「励ます会」にこれだけ多くの方にお集まりいただいたことをうれしく思います。SIVを始めたときは、コミュニティはなく、まさかこのような幸せな形で退任することができることなど夢にも思っておりませんでした。このような場を皆様と共有させていただくことができるまで、SIVのコミュニティが6年間で発展することに貢献できた、ということは私にとっての誇りです。

私はこれから新しいチャレンジに踏み出します。これからは、今まで以上に辛いことが多いかと思います。でも、この6年間で培ったことを自信の源泉にして、この6年間に素敵な仲間と出会えた幸運に感謝しながら、そして皆様のご期待、お気持ちに今後とも答えていくためにも、”I Shall Return”の心持ちを持って、これからもがんばっていこう、と思っています。戻ってくる「場」は多様です。でも必ずまた皆さんとご一緒に仕事ができれば、と思っています。


最後になりましたが、本日、ご臨席の皆様のますますのご健勝、ご活躍を祈念して、またKIEPコンソーシアムの先導する慶應義塾のインキュベーションの益々の発展を祈念して、私のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。