Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

ある卒業生の入社祝い - 大学が守り貫き通すべき社会的責任 -


金曜日の夜、ある学生の入社祝いの会に参加しました。最近の私は、今年は自宅に閉じこもって勉強をしている毎日なので、多くの方々とご一緒の会に参加するのは久々で少なくとも4月になってからは初めてです。基本、こういったお誘いも、勉学優先なのでなかなか出られないのですが、今回はちょっと特別な思い入れがあったので、参加しました。

私は色々な学生と一緒に活動してきましたが、彼ほど、私が何度も研究費負担で海外出張に送り込んだ学生はいませんし、そしてまた卒業制作や就職に手間のかかった学生はいませんでした。でも、周りから不平等と言われようと何と言われようと、その背景には、私なりの貫き通したい信念がありました。


この3月に卒業したこの学生は、ちょっと訳ありで、高校卒業後7年間フリーターをやって、大学に入学したのが25歳。卒業は29歳のときでした(と書いただけで、SIVコミュニティの後期に参加していた人は誰のことかすぐ分かるかと思いますが、ブログではあえて名前は出しません)。当然、新卒採用の枠からも第二新卒の枠からも外れてしまう年齢です。

SFC在学中は、SIVの他の学生の紹介でSIVコミュニティに参加することになり、起業を目指したプロジェクトに携わったり、インキュベーション実務のインターンに携わったりと、活躍してきました。SIVコミュニティの中でも、学生の中での年長者として、このコミュニティの発展に大きく寄与してくれた仲間の一人です。

私が彼と出会ったのは彼が1年生のときですが、25歳で大学に入ってくる覚悟はすごいな、と正直思いました。本人は決して口にはしませんが、色々と悩んだ上での決断であったんだろうと思います。SIVとして彼を受け入れて、そして彼のSIVへのコミットメントが上がるにつれて、私は彼の大学からのexit(=一般論としては就職先)の責任を持つ覚悟を決めないといけないな、と思いつつありました。

一般論として、この年齢で卒業しても、就職がスムーズに決まることは難しいとずっと思っていました。でも、もし仮にそれが事実であるとするならば、「大学の役割」って何なんだろうと思ってしまいます。大学という場は、「自分の新しい可能性を広げたいという希望を持った人たちが集まる場」であり、そのために学生が自分自身の能力を高めることをお手伝いし、学生が自らの目標を定めることをお手伝いし、学生が新しいチャンスを切り拓く人的つながりを提供し、そして学生の未来への展望が広げることに具体的に寄与する責務があるところだろうと思います。

学生が大学でまじめに勉強し、様々なプロジェクトに携わり、人間交際を積極的に行い、にも関わらずその結果、年齢だけが理由で、その学生の卒業後の進路の可能性を広げることができなかったら、これは大学の敗北です。それは大学の活動が社会的責任をきちんと果たせていない、ということでしょう。大学はそんな志の低い場であってはならない。私にとっても覚悟がありました。


という訳で、私はSIVの事務局長在任中、彼が卒業した後に成果として示せるような実績をいかに作るお手伝いをするか、常に考えていました。結果的に、その学生はSIV関連で海外には4回行っているかと思いますが、SIVの中でも最も経費がかかった学生だと言って過言ではないでしょう。そしてそのいくつかは、就職しても活かせる経験・人脈作りになっているかと思いますし、レジュメにもかけるような実績を実際に残しています。

私は常日頃、彼の卒業後に可能性が広がるように、色々な皆様にお願いしていた部分もありますが、結果的にSIVコミュニティで彼の活躍が目立つようになるにつれて、彼自身が自分の力で、コミュニティメンバーの皆様から就職のお誘いを多数いただくような人材になりました。

そして、最後に彼が決めた判断は、在学中に2年間インターンをやった、SIVとの関係の深い企業への就職でした。でも、やっぱり大学として卒業生を送り出すにあたって、卒業制作くらいきちんとしたものをやってもらわないと示しがつかない。SFCのように専門性が不明瞭なところでは、卒業制作しか、その人材の能力・専門性を保証できるものはありません。特に彼のようなキャリアの人材を推薦するにあたっては、しっかりとした卒業制作を作ってもらわないと困る。

そこからがまた大変で、その卒業制作は完成までに私も随分な時間を割いて面倒を見たように思います。卒業制作のためにこんなに時間をかけた学生は記憶する限り他にいません。


というような苦労がありつつも、無事に卒業制作も終了し、就職が決まり、卒業式を迎え、そして今は職場で活躍しています。そして、何よりも、大学時代に培った経験、学んできたことが、就職して実務に活きていることを垣間見れることほど、私にとって幸せなことはありません。


大学とは「自分の新しい可能性を広げたいという希望を持った人たちが集まる場」であり、しっかりがんばっている学生に対しては、その期待に答えなくてはならない、という社会的責任を果たせたことに、ほっとしています。新たなロールモデルを示すことができたことも、次の発展へ向けた大事なメッセージであろうと思います。


大学という場が、その学生にとっての新しいチャンスをつかむ場となるべく、この実現のために、ご尽力、ご協力下さった方々が沢山いらっしゃいます。改めて御礼申し上げます。

そして何より、最後までがんばり続けて、自らの力で新しい可能性を開いたその学生の覚悟・信念・努力に敬意を表します。心から敬意を示すことのできる学生であったからこそ、私も信念を貫き通すことができました。卒業と就職おめでとう。そしてありがとう。


ところで、蛇足ながらその学生は、在学中に7、8歳くらい年下の彼女と出会いました。初めは、年齢差が「やや犯罪的なのでは?」とも思いましたが、今となっては、本当にお似合いのカップルです。この点も関しても、「自分の新しい可能性を広げたいという希望を持った人たちが集まる場」としての大学の役割を果たしたところなんじゃないかなと思います。こちらの方は私個人は全くもって貢献する余地はありませんでしたが。