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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「早慶戦観戦」の先にあるもの

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5月31日(月)に早慶戦第3戦を観戦して来ました。良く考えたら、斎藤投手が入学してから一度も早慶戦にいってないので、早慶戦に行くのは4年ぶりくらいでした。この数週間、バタバタしたので、気分転換にと思い、急きょ思い立っていったのですが、大正解でした。



久々の、慶應も早稲田も両方が優勝がかかった試合。しかも先発が斎藤だと思うと、勝てるか不安に思いつつも、早慶戦の醍醐味は「勝ち負け」ではないと思い、応援に行きたい気持ちが強くなりました。私にとっては、渡米前最後の早慶戦。次にいつ行けるかも分からないし。

加えて、今年度の応援指導部主将は喜納君。彼は、1年生のときに私の「励ます会」に来てくれてテープのボタンを押す係(本人談)、2年生のときは私の「アントレプレナー概論2」を履修してくれて、早慶戦の集客を地域三田会と連携して推進するビジネスプランをまとめました。そんな喜納君が応援指導部の主将というのは、個人的には感慨深いものがあります。

優勝した後は久々の神宮から三田までのパレードです。先頭は、応援指導部主将なので、喜納君がパレードの最前列でした。神宮での応援からパレードから三田の祝賀会まで、授業にいるときよりはるかに格好いい喜納君を見れたのは、もとから大好きだった早慶戦が更に感慨深いものとなりました。



ところで色々と思い起こしてみると、私は93年に湘南藤沢高等部に入学して以来、六大学野球の優勝は、1997年、2000年、2001年、2004年、2010年と今回で5回目だったのですが、その全ての優勝した瞬間の試合を観戦しているということに気づきました。2001年のみ、9.11の影響でパレードは自粛だったのですが、それ以外のパレードには全て参加しています。そういう意味でいうと、自分の仕事へのoverachievementへの原動力はこの早慶戦だったんだなぁ、と改めて思います。

その日の夜は、もともと約束があったため(その約束も早慶戦観戦+パレード+祝賀会のために、場所と時間を変更してもらった上に遅刻までしてしまい、ご迷惑をかけまくりでしたが)、三田山上の祝賀会における「丘の上」は歌えませんでしたが、私が最後に三田キャンパスで「丘の上」を歌ったのは、2008年3月21日ですので、「その日の思い出」をこれからも大事にしていくのが、結果的に一番だな、と思いました。



渡米前最後の早慶戦で優勝を飾ることができて、自分自身の気分転換もできて、ちょっと幸せなひと時を過ごすことができました。自分自身の原動力が早慶戦観戦であった時期から脱却して、いよいよ新しいステップに踏み出すのが、不安もない訳ではないですが、それ以上に楽しみになりつつある今日この頃です。


余談ですが、最近の学生は自分の頃より、早慶戦のことを慶早戦と呼ぶようになった気がします。拘りがあってそう呼んでいるのか、付和雷同してそう呼んでいるのか。個人的には、「早慶戦」の方が発音しやすいのでそう呼んでいます。形より中身が大事だと僕は信じているので。