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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「贈り物上手の祖母」〜Celebration of Lifeにて〜


本日、祖母のCelebration of Lifeでした。私自身は引っ越しなどでバタバタしていて準備は手伝うことはできなかったのですが、私も思い出話しをさせてをいただきました。

「贈り物上手の祖母」 〜Celebration of Life -Remembering Fusako Imaizumi Maki- にて〜


孫の牧兼充でございます。祖母との想い出の中で、私が最も祖母らしいと感じるエピソードをご紹介させていただきます。

私は、10歳から15歳まで父の転勤でイタリアのローマに住んでいました。その頃は、私自身悩みが多い中で、祖母は私を励ますために、日本でしか買えないものを頻繁にローマに送ってくれていました。あるとき当時の流行っていたゲームソフトで私がどうしても欲しかったものを4本送ってもらうように祖母にお願いしました。しばらくして、祖母から段ボール一箱が届き、箱をあけたら上の方に、ソフトが3本並んでいました。それを見た瞬間、「頼んだソフトのうちの1本は売り切れで買えなかったんだ」と残念な気持ちになりました。しかし、更に箱を開けてみると、その箱が2段組になっていて、更にもう3本のソフトが入っていました。私が欲しかったソフトは4本でしたが、祖母は更に私好みなソフトを2本加えて、そしてその他日本の食料等を沢山集めて送ってくれて、当時落ち込み気味だった私は飛び上がるほど喜んだことを良く覚えています。ちなみに、今思うと、私好みのゲームを選べるほど、祖母がゲームソフトのことを知っていた、というのもすごいことだと思います。子供の頃から、祖母は孫である私の期待を絶対に裏切ることはなかったし、もっといえば期待した以上のものを必ずくれる人でした。

私自身が段々大人になり、色々な方とお付き合いをするようになるに連れて、祖母はなんて「贈り物上手」な人だろう、と思うようになりました。「贈り物」というのは、「物」や「サービス」という対価性のあるようなものではなくて、「相手を喜ばせようとする気持ち」を贈るものなんだ、ということを祖母の身近にいて感じるようになりました。あるときはプレゼント、あるときは手料理、あるときはお小遣い。祖母からの「贈り物」には色々な形がありました。そしてそんな祖母の周りにいる人は、祖母の「相手を喜ばせようとする気持ち」に励まされ、そこから様々な想い出が紡がれてきたのではないか、と思います。

「贈り物」で一番大事なことは何か、ということを学ぶことができたこと、祖母からの「贈り物」を喜んだ人沢山見てきたことそのものが、私自身の祖母との32年間の一番の想い出です。そして、私も祖母のような「贈り物上手」な人になりたい、と思っています。

どうもありがとうございました。