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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「紅の豚」を観て -「今でも同じように見果てぬ夢を描いて 走りつづけている」ということ

生活

こちらで、映画「紅の豚」は大人になってから観ると全然楽しさが違うから、と薦められたので、観てみたのですが、これ名作ですね。中学3年生のときに以来、17年ぶりでした。


紅の豚 [DVD]

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中学3年のときは、4年半住んだイタリアのローマからの本帰国で、当時導入されたばかりのダッシュ400 スカイクルーザー にのりたくて、そのためにロンドン経由で帰国しました。このスカイクルーザ、ビジネスクラスで座席一つひとつに映画用のディスプレイがついた最初の飛行機なんです。家族より先に、一人だけの帰国で、その飛行機の中で、映画館よりも先行ロードショーしていた映画が、「紅の豚」でした。

奇遇なことに映画の舞台もイタリア。イタリア語は自由に話すレベルではないのですが、片言は分かる単語がそこそこあるので、ポルコ=豚、ロッソ=、ママ=母、アユート=助けて という意味だから、そうすると、ポルコ・ロッソは「紅の豚」という意味だなとか、海賊団「ママユート」は、「ママ助けて」海賊団だなとか、随分色々なことが分かったりしました。


さて今回久々に観てみて、いくつかの感想を持ちました。箇条書きで。

  1. 昔だったら間違いなく、フィオに好感を持っていたと思うのですが、今は間違いなくジーナ。ジーナの人生経験の豊富さと不思議な魅力が素敵でした。夢を追い求める男たちに振り回されながらも、強く生きる魅力的な女性を見事に描かれてたと思います。
  2. もう一人のヒロインであるフィオは、その若さが対照的に描かれている訳ですが、大人の事情を知らないからこそ、突っ走れる若さの良さを感じます。
  3. ジーナの「ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの。」という台詞、秀逸だと思います。昔イタリアに住んだ経験があって、世界の色々な人たちと交流を持ってきて、そして今アメリカに住んでいる自分だからこそ感じることが多々あった台詞かも知れません。この台詞はアメリカ人のカーチスからのプロポーズを断るときのジーナ(多分イタリア人)の台詞ですが、世界の人が思っているアメリカ人のステレオタイプを見事にとらえてるように思います。ヨーロッパの人がこの台詞を聞いたら拍手喝采を送るだろうと思いました。
  4. 主人公のマルコが、色々な思いを持って、魔法をかけて豚になった心境、分かるような気がしました。自分の持つ理想と現実の狭間でどのように生きていくのか、そんなときに豚になって飛行乗りになる、という道を選ぶところに、かっこよさを感じました。
  5. もともと子供の頃から飛行機は大好きでしたが、空を飛ぶことの夢、というのを改めて考えさせられました。僕が生まれた頃は、そしてこの映画を最初に見た時代というのは、航空産業というのは、「空を飛ぶという夢」を売っていた産業だったと思うのですが。それがいつの間にか、コモディティ化してただの輸送産業になってしまった。ちょっと寂しさを感じました。
  6. 今住んでいるサンディエゴアドリア海(地中海)の「空と海」の色はそっくり。イタリアに住んでいた頃の、空や海を思い出した気がします。ちなみに、サンディエゴも、「空と海」にはゆかりの深い街なんですよね。


さて、一番最後に、最もインパクトが大きかったのは、エンディングテーマ。加藤登紀子による「時には昔の話を」でした。学生運動を彼女自身もやっていた加藤登紀子の思い出を綴った歌なのでしょう。僕自身は学生運動は直接は知りませんが、その時代を生きた人たちの夢と思い出が込められているように思いました。そうやってとらえると、映画の中のジーナも似たものを感じます。この歌、iTune Storeで購入してこちらでも聞いたりしています。


「時には昔の話を」歌詞


ところで、この歌詞の中で特に最後の「あの日のすべてが空しいものだと それは誰にも言えない 今でも同じように見果てぬ夢を描いて 走りつづけているよね どこかで」という部分が自分の中でヒットでした。20代にやってきた仕事を振り返ったときに、本当に若さ故にできたことだろうし、全力で突っ走ってきたけれども、本当に社会にとって意味のあることができたのだろうか、と自問自答することがあります。一つだけ明らかなのは、「本当に自分が実現したいことは実現できていない」ということなのです。

まぁ、という気持ちを持つからこそ、別に後悔は全くもってないけれども、「あの日のすべてが空しいものだと それは誰にも言えない」という言葉に共感するし、そしてだからこそ「今でも同じように見果てぬ夢を描いて走りつづけているよね どこかで」という言葉にも共感が続くのだろうと思います。


「好きを貫き続けるキャリア」というのは、結局のところ「ぬか喜びと自己嫌悪の繰り返し」の中で、「その度に一歩づつ成長していく」ことなのだろうと思います。

まぁ、という訳で、20代の頃の僕の仕事は、僕にとっては人生の経験を積むための最初の練習の場でした。僕のせいで何人もの人生が変わったことかと思いますが、皆さん、ご理解のほどを。:)