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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

助手に成り立ての頃のことを、SFC中高同窓会メルマガ寄稿を読んで思い出す

こっぺのブログを読んで、自分が今考えていることをオープンに文章にしておくことって大切だなと改めて思ったりしました。10年後、20年後に振り返ったときに、自分の原点を振り返る貴重がマイルストーンになるから。


ところでこのこっぺの投稿を観ていて、ふと僕が10年前に、SFC中高同窓会のメルマガに寄稿した文章を思い出しました。この原稿は2004年の頃ですが、僕が大学教員になって3年目。その頃の自分がどんな風に自分よりも若い世代(特に高校生)をみていたのかが良く分かります。それにしても、この頃から言うことが生意気なのは変わっていないな。。。今読み返すと、先生方がカチンと来てるだろうなぁ、と思う表現が多々含まれていたりします。でも、あれから10年近くたっても全く気持ちに変化はありません。


この記事良く読んでみると、SFC中高のことにフォーカスしているように見えて、実は日本社会全体にあてはまることのように思います。

中高10年間と卒業生の役割」


「最近の若い奴は駄目だ」という言葉はどうやら人類普遍のテーマのようです。古くはエジプトのパピルスにそう記されているそうで、もしこの言葉が真であるとするならば、人類はとっくに滅びているはずです。この言葉は結局のところ年長者のおごりなのでしょう。
昨今卒業生や先生方と話していて「最近の生徒は元気がない」という話を良く聞きます。しかし私は昨年度の「ゆとりの時間」において生徒と話す機会を頂きましたが、元気・活発な生徒たちを見て、この言葉は本当なのかと疑問を持つようになりました。開校10年で変わったのは生徒たちではなく、周りの環境なのではないでしょうか。この環境が生徒たちに「新しいことに挑戦しない方が合理的」と判断させているように思います。この環境の変化は2つの要因があります。


1点目は、今や中高は「創成期」ではないということです。創成期というのは、全てが初めての試みで、生徒がどんな活動をしてもそれが新しい学校を創ることにつながります。自分がコミットしたことが具体的に実現する、これこそが生徒のやる気の源泉でした。しかし安定期になると、こういう気持ちを持つことは難しくなるのでしょう。昔同窓会幹事の飲み会で、稲田先生が「新設校は最高の教育環境だ」とおっしゃっていましたが、まさにその通りなのだと思います。


2点目は、生徒と先生の距離感の変化です。開校当時、先輩がいない代わりに大学院卒業直後の先生方が、生徒にとっての「ロールモデル」(将来像を描くときの見本となる人)としての役割を担い、生徒が背伸びをしながら、教員と一緒になって新しいものを立ち上げるという風土があったように思います。


さて、昔は良かったと回顧主義になったところで、「創成期」を取り戻すことは不可能です。しかし一方この10年間で、卒業生の層は厚くなり、社会の様々な場で具体的に活躍し始めており、このような卒業生の活躍を中高に「ロールモデル」として還元していくことは可能です。この卒業生による「ロールモデル」は 10年前に先生方が担っていた「ロールモデル」よりも遥かに多様・多彩・強力な資源として生徒に提供できるのではないでしょうか。
卒業生の活躍を母校に伝えていくことは、生徒のみならず先生方にとっても大きな自信になるのではないでしょうか。先生方とお話をしていると、活躍する卒業生の近況をほとんどご存知ないことに気づきます。この10年間で先生方の「授業にて知識を伝達する力」は飛躍的に上がったことは間違いないでしょう。しかし、学校は「知識の伝授」と共に「社会にて活躍する人材の育成」としての役割を社会より求められています。この観点から学校をより発展させていくためには、実際に社会に送り出した卒業生との連携なしには、決して見えてこないことが多数あるように思います。


今後の学校を発展させていくためのバトンは、今や卒業生にあるような気がします。福澤先生が、塾生・教職員・塾員を慶應義塾社中と呼びましたが、藤沢中高における社中の形成が今求められているのではないでしょうか。


2期生
牧 兼充
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助手
kanetaka@sfc.keio.ac.jp


それにしても、この原稿を書いていたときに実現したかった同窓会のあり方、まだまだ実現できてないな。これからもがんばっていかないと。そして、同じように、日本社会が抱える課題もがんばって解決していかないと。