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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「グローバル社会で真剣に戦う覚悟」 - 黒川さんとのインタラクションで思ったこと -


昨日の黒川さんとのインタラクションで、考えさせられることが沢山あったので、思ったことをまとめておこうと思います。ちなみに、以下の意見は僕が思ったことをまとめたものであって、黒川さんが直接発言したものではありません。

  • 海外に留学している学部生ですら、頭の中は日本の就職活動で一杯。せっかく留学しているのに、その強みを活かすことなく、日本の視野の狭い新卒市場で勝負しようとしている。人と違う経験をしていることをもっと強みに。そもそも人と違う経験が強みであることを気づいていない人が多い。既に海外にいるというだけで、今いる人たちは他の日本人に比べて大きなアドバンテージがある。
  • グローバルなマーケットで戦っていくにはネットワークをいかに構築していくかが最重要。海外にいても、そのチャンスを活かしている人とそうでない人に随分別れることが良く分かる。
  • 今回の日本での災害での悲劇は、結局のところ世代間の交代は起きていないということ。既得権益を持った人は持ったまま。新しい時代へのシフトは起きなさそう。中東みたいに若手が既得権益を破壊するために動くかというと日本はそうはならなさそう。今世界は中東と日本を注目している。
  • 日本政府の災害への対応は、特に海外への情報発信力はボロボロ。グローバルな視点が丸でない。
  • 黒川さんの「挫折経験」は何かという質問の答えに「挫折した訳ではなかったけれども、アメリカでの日々は大変だった」とのこと。黒川さんも僕も32歳で渡米をしていて、その前に10年程度日本の大学を経験していて、何となくその言葉の重みに思うところがありました。黒川さんははっきりはおっしゃらなかったけれども、日本を出るときの複雑な思いや、日本で通じたことがアメリカ社会では通じない苦労、アメリカ社会で(組織の後ろ盾なく)個人として戦っていく厳しさ、実績をあげていくプレッシャーなどを全身で受け止めていらしたのでしょう。言葉で明確におっしゃらなくても、今の黒川さんのお人柄や言動を観ていると、この頃のご経験が今の黒川さんのお人柄や言動に直接つながっているのだろうな、と思うときが多々あります。言い過ぎかも知れませんが、もし黒川さんにこの32歳からの海外でのご経験がなかったら、つまらない普通の「偉い方」になられていたんだろうな、と思います。

ところで、昨日の場での議論の全体像を一言でまとめると「グローバル社会で真剣に戦う覚悟」を持っているのかどうか、ということに尽きると思っています。


留学をすることの目的について、「日本に戻った後にやる仕事がイメージできている、しようとしている」としたら、それがどれだけ危険なことであるかを考えさせられます。学部の交換留学が将来の日本での就職活動を目指したものだったとしたら?留学の目的が日本に戻ることが前提であればあるほど、日本の固定概念に縛られてしまう。本来留学というのは、一時期の休暇すなわち巣立った場所に戻ることがゴールなのではなくて、人生の新しいキャリアを踏み出すためのspringboardであるはずです (もちろん結果的にその先にあるものの一つが日本でも良いと思います)。そして、この意識を持てている人は、必然的に、留学先の社会で、一時期の訪問客としてではなく、現地人としてローカルな社会でとけ込むし、そこで得られるチャンスを全身で受け止めていく。その課程の中で、「グローバル社会で真剣に戦う覚悟」が身に付いていくのだろうと思います。


自分自身が日本にいた頃に本当に負担で、心理的にも最大のストレスだったのは、「グローバル社会で真剣に戦う覚悟」を持っていないにも関わらず、口だけ「グローバルが重要」と言っている人たちとの付き合いでした。日本へ本当に貢献したいと思うんだったら、日本社会をsteeringするのではなくて、グローバル社会をsteeringできる人材になっていなければ、今の時代に役立つ人材であるとは思えない。それを分かっているのか分かっていないのか、どちらにしても思考停止している人ばかり。


「グローバル社会で真剣に戦った経験」のない人に限って、自分は経験豊富なのだから「年上をもっと敬え」という。本当に経験豊富だったら「年上をもっと敬え」なんて言葉使わなくても、その経験について尊敬されるものだ、ということを理解していない。自分の経験に自信がないから「年上をもっと敬え」というレトリックを使わざるを得ない人たちなのかも知れないけれど。「グローバル社会で真剣に戦った経験」のない人に限って、自分の視野の狭さを理解していなくて、自分のアドバイスは普遍的に役立つと思っている。そのアドバイスは、若手にとっては本当に時間の無駄だったりする。そもそも若手の時間の方がシニアな人の時間よりも、将来のリバレッジを考えたらより貴重だということに気づいていない。


一方で、「グローバル社会で真剣に戦った経験」のある人との交流は学ぶことが多く、心地よいものだったことを今でも思い出します。


その意味ではやっぱり、黒川さんのいう「休学のすすめ」は、目指すべき目標の観点から言えば、松竹梅でいえば梅で、戻る場所を考えながら海外にいるうちには、その人の人生にとってのspringboardには成り得ないのだろうな、と改めて思います。もちろん、黒川さんはそれは分かりつつも、あえてハードルを下げるために「休学のすすめ」とおっしゃってるんだろうと思いますが。


きっとこの僕の感覚は、批判や反論も多いだろうし、エリート主義的発想なのかも知れない。でも自分の人生の価値観においての居心地の良さを考えたときに、やっぱり「グローバル社会で真剣に戦う覚悟」を持ってる人との時間を、これからも大事にしていきたいと思うのです。


もちろん、色々な価値観やキャリアのスタイルがあってもいいと思うし、覚悟を持ってチャンレジしてうまくいかない人がいることも自然だろうと思っています。これは、正しさを主張するというより、自分の好みを伝える以上のものではないのかな、とも思いますが。


PS と一通り書いてみて、やっぱりこれは「グローバル」かどうか関係なく、その人が一流(=グローバル級に世界で通じる)な人なのかどうか、ということに尽きるのかな、という気になってきちゃいましたが。