Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

科学研究の創造性を高めるグラントの設計


最近こちらでは、サイエンスの商業化を促進するための制度設計をおいかけています。面白い論文を見つけたので紹介します。英語の論文は、英語ではなく日本語で説明しようとすると、より理解が深まります(英語で論文を読むと、細かいニュアンスなどを読み飛ばしてしまうことがあり、英語で説明しようとすると、論文に出てくる表現があいまいなままでもできてしまいます)。という訳で、特に自分の研究と絡み、深く読み込みたい論文については、日本語でもサマリーを作ってみようと思います。

今回読んだのは、Azoulay, P., Graff Zivin, J. S. and Manso, G.による、"Incentives and Creativity: Evidence from the Academic Life Sciences"という論文です。

経済発展における科学研究の創造性が果たす役割の重要性は認識されているものの、メカニズムの詳細については明らかになっていない。本研究では、ライフサイエンス分野で、研究資金の特性の差異が、科学研究の「探索」のインセンティブにどのように影響を与えるかを調査する。具体的には、Howard Hughes Medical Institute (HHMI)とNational Institute of Health (NIH)の比較を行う。HHMIは、早期の失敗を許容し、長期的成功を評価し、研究者に対して研究手法について多大な自由度を提供する。NIHは、短期の評価サイクルであり、事前の研究計画に固定され、継続審査のときには失敗がマイナス評価になる。分析の結果、HHMIはNIHに比べて、インパクトの大きい論文を高いレートで発表していることが分かった。研究資金の特性は、研究者がより探索的な研究を促す。

HHMIのサンプルは、1993、1994、1995年に選ばれた73人の科学者とした。候補は、著名な研究大学、メディカルセンターもしくは研究所において、テニュアもしくはテニュアトラックにいるものとした。研究分野は、細胞・分子生物学、 神経生物学、免疫学、生化学とした。キャリアステージとしては、研究アドバイザのサポートなしに独立して研究を遂行できることを条件とした。
比較対象として、Pew、Searle、Beckman、Packard、Rita Allen奨学金の受賞者(Early Career Prize Winner: ECPW) 393人をサンプルとした。これらの奨学金は継続なしの奨学金であり、NIH R01の資金の約35%である。従って、研究者はNIH等の他の資金を同時に取得しなくてはならない。なお、2グループの差異として、ECPWは指導教員との研究成果の区分けが難しいほどの初期の段階に付与されるのに対して、HHMIはテニュアが決定後に付与される。

HHMIのデータより、研究成果は研究期間の前半よりも後半の更新率に影響することが分かる。HHMIの審査は、論文の数よりも、研究分野の変更を気にしている。HHMIの研究者は、研究分野の変更とヒットの頻度が高い。


この研究のデータ取得手法は、「なるほど」と思わせるところが多く、またこの研究は国際比較も可能であるように思いました。特に日本の研究グラントの制度設計について、深く掘り下げたいテーマです。その提案を著者の一人にしてみたところ興味を持ってもらえたので、日米比較でどんなことができそうかを今考えています。


日米の比較研究を行うにあたって、以下の整理をする必要があります。

  • 日本のライフサイエンスの研究者がアプライする研究費、補助金にはどのようなものがあるか(科研費厚生労働省、財団を含む)。
  • 日本のライフサイエンスの研究者がアプライ可能なNIH R-01にあたるようなグラントは存在するか。
  • 日本のライフサイエンスの研究者がアプライ可能なHHMIにあたるようなグラントは存在するか。
  • 米国におけるPew、Searle、Beckman、Packard、Rita Allen奨学金のような若手へのアワードは存在するか。
  • 日本の場合、どの時点、ポストを持って、独立した研究者とみなすか。講座制は日本において特殊か。
  • 日本のラインサイエンスの研究者は、日本語での論文を書いているか。書いているとするとどの程度、成果に考慮するか。


この分野に興味のある皆様、ぜひ一緒に掘り下げてみましょう。また上記の点についてご存じの方、ご連絡下さい。