Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

黒川清さんをUCSDにお招きして

 

1. イベントの概要

黒川清さんが、学会でサンディエゴにいらっしゃるとお聞きし、9月18日(水)の夜には、c.japanとUCSD日本人博士課程学生の会主催で「グローバルキャリア」をテーマにした若手との交流会、9月20日(金)には、UCSD EmPac主催の"Fukushima and the Politics of Japan’s Energy and Innovation Policy"と題したpublic talk、その後はc.japan主催で、"Global Science and Innovation" Networking Dinnerを企画・開催させていただきました。

僕がサンディエゴに来てから黒川さんがいらっしゃるのは今回で3回目です。過去に2回いらしたときにも、簡単な交流会を企画 (その1その2)させていただきましたが、今回は僕もこちらの大学や地域コミュニティの動かし方が大分分かってきたので、自分がずっとやりたいと思っていたことをまとめて実現しようと思って、色々な企画を練りました。主催団体としてもc.japan、EmPac、UCSD日本人博士課程学生の会など、色々な組織が連携して準備にあたりました。

前回の交流会は2011年2月と4月でしたから、その二つの間に、東北の震災が発生し、そして前回から今回までの間には、黒川さんは、国会福島原発事故調査委員会の委員長を務められていたので、そのお話を聞くのをとても楽しみにして、でも黒川さんのご専門は、原発事故の調査だけではありませんから、サンディエゴコミュニティにおける多様なニーズを考えながら、色々な企画を考えました。

お忙しい黒川さんに、まさか出張中にこんなにたくさんお時間をいただけるとは思ってもおらず、そしていつの間にかこの企画は大学オフィシャルの企画となり、Networking Dinnerも大学が全額スポンサーしてもらえることになり、地域コミュニティからの注目も集めて、そして何より多くの皆様がこの会の実現に協力して下さいました。ご協力くださった皆様に深く御礼申し上げます。

写真をいくつかご紹介します。

 

若手を中心にした"グローバルキャリア"について語る懇親会。20数人が集まってくれました。

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"Fukushima and the Politics of Japan’s Energy and Innovation Policy"と題したPublic Talk。モデレータのProf. Ulrike Schaedeと一緒に。金曜の夕方にも関わらず100人弱の方が集まって下さいました。

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Public Talk終了後の"Global Science and Networking Dinner"。とても良い雰囲気の会場で、50人くらいの方が参加して下さいました。

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すべてのイベントの終了後、黒川さんとUlrike Schedeさんと3人で寿司大田に。

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2. c.japanの活動への思い

 今回のこの一連の黒川さんをお呼びしたイベントは、自分の中でとてもとても思い入れの深いものでした。僕自身、海外生活3年間の中で、どう日本に貢献していかないといけないかをなるべく考えて、また時間の許す限りで色々な行動をとってきました。実は今回のイベントが、その活動の総集編だったように思っています。

僕自身、サンディエゴに丸3年住んで、もちろん、研究や勉学がメインなのですが、でもその傍ら、コミュニティとどうかかわっていくか、具体的に地域社会や日本にどう貢献していくか、ということも、常にとても大切なものでした。色々と暗中模索をする中で、おぼろげながら見えてきて、かつ実践してきたのは以下のような活動です。

 

1) 大学生の留学をencourageすること

UCSDには日本から留学してくる大学生が沢山います。交換留学の学生もいれば、日本の大学を休学してる人もいます。もしくは高校卒業して、こちらの大学に進学してる人もいます。留学生と話していて感じるのは、彼らはこの留学のチャンスをどのように活かして良いか知らないし、迫っている就職活動に支配されすぎているということです。交換留学の学生たちは、International Houseという留学生用の寮に閉じこもって内向きになっていることが少なくありません。交換留学の学生達は、大学が用意してくれるプログラムに乗っかることがすべてと思っている人が多いように思います。でも、大学が用意してくれるプログラムなんて留学で体験できることの50%以下。半分以上は自分の力で切り拓いていくものです。でも、なかなか大学生だけでは、それ以外のチャンスを切り開いていくことは簡単ではありません。そんな大学生に対して、海外で得られる多様なチャンス、例えばインターンの機会の提供だったり、教員のリサーチアシスタントをするチャンスだったり、専門分野の研究者と交流するチャンスだったり、海外に住んでいないと出会えないような先人と話すチャンスだったり、やろうとしてることを励まし後押しすることだったり、そんなチャンスを提供する、ちょっと年上の先輩がいるだけで、その大学生の留学ははるかに意義深いものになります。

ちなみに僕が大学生のサポートをしていると、周りの日本人の留学生からは、「牧さんは大学生が好きだから」というようなことを言われることが良くあります。でも、自分自身が海外から日本を見たときに、本当にこれからの日本を変えていけるのは、今海外に飛び出してきている大学生だと思うし、もし本当に今の日本が抱えている問題を理解し、その解決策を考えているのであれば、こちらに留学している大学生をサポートすることは、日本の未来を変えていくためのセンターピンなんだろうと思っています。留学してる大学生をサポートするかしないかの違いは、「大学生が好きかどうか」ではなく、「日本社会の未来を真剣に考えてコミットしているのか」という差なんだと僕は思っています。

 

2) 社費留学生のマインドセットが変わる環境を作ること

UCSDには社費留学でMBAやIRPSという国際関係の大学院の修士に留学している人たちがたくさんいます。そんな彼らのマインドセットが変わる環境を作ることができるのかどうかということも、とても大切なことだと思っています。社費留学というのは、留学後に確実に戻るところが決められています。実は戻るところが決まっている留学ほど、こちらで学べることが限定的になってしまう条件もありません。だって、戻る場所が決まっていたら、留学中に多様なチャンスを追い求めるよりも、戻ったら役立つことをやろうとするから。

そんな彼らに、日本以外でのキャリアを歩むことの楽しさ、組織にとらわれないことの楽しさを伝えても、やっぱり正しいと思う宗教観が違うので、なかなか話がかみ合うことはありません。ここは大学生の留学生とは大きく違うところ。

でも、少なくとも僕ができつつあると思うのは、彼らは今までの延長線上のキャリアを歩むにしても、次の世代にはもっと多様な選択肢があるという前提のもとで、次の世代をサポートしていくということの大事さをお伝えしていくことだったように思います。こちらに留学してる海外経験豊富な大学生くらいが、もし今後日本社会に関わろうとすれば、間違いなく海外を知らない世代からの反発を招くし、戦っていかないといけなくなります。そんなときに、新しいことをやろうとしる若手をサポートしてあげられる人が、留学した人たちでできるんであれば、それはとても良いことだと思っています。本人のキャリアが直接変わらなくても、次の世代の新しい変化を具体的にサポートできるようになるんであればそれはとても大事なことだと思っています。

 

3) 博士課程の学生を励ますこと

米国での博士課程はとても過酷です。落ち込むことだらけだし、自分はこのままやっていけないんじゃないかと思うことがたくさんあります。僕自身は4年目に入り、博士課程で一番大変なところは乗り切った感があります。でもそこに至るまでの道のりは本当に大変で、今そのフェーズにいる後輩を見ていると、その不安が手にとるように分かります。過酷で辛くて悩んだとき、というのは、愚痴をこぼしたくもなりますし、励ましてくれる人も必要です。そしてもし役に立つアドバイスがあるとすれば、そういったアドバイスを受けられることはとても大事なことです。アメリカでの博士課程を体験している日本人同士というのは、同じ釜の飯を食った仲とでもいう、連帯感もあります。そんな訳で、彼らが悩んだときにはいつでも励ますことができるようになろうといつも勤めてきました。

 

4) 日本社会のことを具体的に英語で発信するということ

震災のときもそうですが、日本の情報というのは、日本語でばかり発信されていて、結局海外の人に届かないことがほとんどです。そんな中で、海外に住んでいる日本人が少しでも日本のことを英語で発信していくことはとても大切です。c.japanのすべてのイベントも情報提供も英語にこだわってきたのも、これが理由です。海外に住んでいる日本人の活動が、日本語話せない人にもオープンでなければ、誰が日本の情報を海外に発信できるのだろう、と思います。そもそも、日本人だけで固まっていてもつまらないですし。c.japanでお呼びしたゲストも数回の例外を除いて、皆さん英語で講演いただいてきました。

 

5) 地域コミュニティとつながるということ

せっかく海外に住んでいて、地元の人とのつながり、交流が薄いまま、というのは色々な意味で勿体ないと思っています。大学の外に飛び出て、地域コミュニティに入り込むからこそ、多様なチャンスを得ることができます。でも、アメリカでもどこでも同じかと思いますが、地域コミュニティというのは、どうせ1,2年で帰るという人を本気で相手にすることはないものだと思っています。卒業後もアメリカに残る、というような人であってはじめて、ちゃんとした関係を作ろうと思ってもらえるものだと思います。 

僕自身は、UCSDに来る前に慶應にいた頃から、CONNECTを始めサンディエゴとはプロジェクトを一緒にやっていましたし、博士課程という5年間のスパンもあるし、卒業後もアメリカでキャリアを歩んでいくつもりだし、そして何より、僕のバックグラウンドや研究テーマである"サイエンスの商業化"、"大学発ベンチャー"等は、サンディエゴの地域コミュニティととても相性の良いものです。ですから、こちらでの生活でも、どんどん地域コミュニティとのネットワークが広がっていきます。こんなネットワークをいかにこちらに留学している人とつながていくか、というのもとても大切で、c.japanの交流会は常にその機能を果たしてきたように思います。

地域コミュニティという意味では関連して、日本からサンディエゴに駐在している日系企業の方々との連携も大切です。彼らが、真のグローバルなマインドセットを持つことは、企業の帽子で活動している以上、なかなか難しいとは思えますが、それでも、若手の留学生をぜひ真剣に応援してもらいたいと思っています。就職のサポートも含めて、色々できることがあるはずです。 

 

6) 日本とサンディエゴをつなげるということ

僕自身、日本の大学発ベンチャー、産学連携に20代の頃携わってきたので、日本でのその分野の関係者のコアな方の大部分は知り合いです。サンディエゴの地域クラスターやイノベーションモデルは世界から常に注目されているところの一つですし、日本からも訪問客が良くきます。そういったゲストが来たときに、ゲストと、サンディエゴの地域コミュニティ、そしてこちらの留学生とつなげることは、色々な意味で有益だと思っています。これがc.japanの原点でしたが、今まで15人くらいのゲストの方とそういう場を実現できたと思っています。ちなみにゲストというのはとても重要で、ゲストが来るから、地域コミュニティで活躍なさってる方もたくさん集まってくれる。そういう場を作ることで、留学生が普段は会えないような人と会えるようになります。

 

7) 日本の労働"市場"を壊すということ

つきつめて考えていくと、自分の問題意識の多くは、日本の労働"市場"を壊すことが日本を変えるセンターピンなんだ、という気がしています。ちなみに、そもそも日本の労働”市場"という言葉にも違和感があって、日本の労働"市場"は市場としての基本要件を備えていないと思う。特に新卒"市場"は、市場というよりはただの制度なんだろうと思います。

海外にいる日本人が結局いつも悩まされるのは、日本の労働市場が閉鎖的で、グローバルな労働市場とシームレスになっていないこと。企業にしても大学にしても。そこを変えない限り、日本社会の未来はないのだろうと思います。

そんな問題意識もあり、サンディエゴでやれることが何か、と考えたときには、少しでも就職なり転職のディールフローを増やすこと。そして、特に大学生に対しては、日本の新卒市場にのらなくても、first careerを歩める道を作ること。色々な転職のディールが集まる仕組みや、候補者との効率の良いマッチングが進むように常に考えてきました。大学生対象にはシリコンバレーの人材紹介ビジネスをしている方をUCSDにお呼びして、講演会や個別アドバイス、さらにはディールの紹介などをしていただいたりもしました。まだまだ道半ばですが、こういう努力も地道にできることを一歩一歩進めていく必要があるんだと思います。

 

 3.  未来へ向けて

こんなような問題意識を持ちながら、本当に片手間でしたが少しづつやれることをやっているうちに、だんだん協力者が増えてきて、いつの間にかc.japanという名前が付き、コミュニティとしても形になってきました。ここに書いたような問題意識は、個人ではできなくても、コミュニティの力で解決できるものがたくさんあります。

この問題意識を改めて書き出してみると、実は黒川さんが講演でおっしゃったメッセージとかぶる部分がとても多いように思っています。この問題意識は、黒川さんにinpireされたものもありますが、でもどちらかというと、慶應時代の経験も含めて、こちらでの生活の日々の中で生まれてきたものばかりです。でも、こういう問題意識に基づいて具体的に動くには勇気がいるものです。周りの日本人に理解してもらうのはとても大変でしたし。ただ、自分がここ3年間くらい、このような方向に突っ走ってこれたのは、黒川さんのような方が、一貫したメッセージを発信して下さっていたおかげで、自分自身がやっていることに自信が持てたのだと思います。

この3年間でc.japanの活動はずいぶん形になってきたし、対外的な評価も得られるようになってきました。そして何より、コミュニティとしての価値が増えてきて、このコミュニティにいた学生が日本に帰った後に、新たにサンディエゴに来る学生にc.japanの紹介をしてくれるようになりました。更には、留学経験のある先輩が後輩により良い留学をするためのアドバイスをするような循環も生まれつつあります。多分、こんな環境で、留学してた学生たちは、他の留学生に比べても、一味も二味も違う面白い人材に育っているように思っています。今の大学生が社会の一線で活躍する10年後くらいには、サンディエゴに留学してた若手は面白い人が多いよね、と言われるときが来るような気がしています。

さて、そんなこんなでc.japanも随分発展してきたのですが、僕自身は、今回のイベントを機に、c.japanの運営からはstep downしようと思っています。というのは、このような問題意識は一人がリーダーシップをとるものではなく、コミュニティ全体としてみんなで広げていくものだと思いますし、もう十分その土壌が出来上がったように思うからです。自分が持った問題意識で、やりたいなぁと思うことは、今回で大体実現できたように思いますし、少なくとも、海外に身をおく博士課程の学生としてできることでやりたいことは大体やれたように思います。

イベント終了後に、黒川さんをホテルまでお送りしたときにお礼と共に「またサンディエゴにいらっしゃることがあれば、ご連絡下さい。」と申し上げたのですが、ちょっと自分の中で違和感がありました。そろそろ自分は次のステップに行くべきだし、もし黒川さんが次にサンディエゴにいらっしゃるときには、別の誰かがこの活動を広げていけば良いと思っています。そんな意味で、次に黒川さんにお会いするときは、僕自身が、次のステップに進んだときにアメリカのどこかで、という方が今の心境にしっくりくると思います。

そんな訳で、自分がサンディエゴでやってきた活動の一つは、これで一区切りと思っています。そんな一区切りの会に、自分にとってのロールモデルである黒川清さんをお呼びできたことはとても幸運でした。今回のイベント自体もそうですし、今までc.japanにご協力下さったすべて皆様に、深く深く御礼申し上げます。ありがとうございました。もうこのコミュニティに関わってく下さる方は沢山いるし、これからも色々な形で発展していくんだと思います。