Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

これからの日本の高校が果たすべき役割

先日、母校である慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部の新カリキュラム委員会という教員がこれからの学校のカリキュラムを考える会議に呼んでいただいて、最近考えていることをお話させていただきました。

そのときにお話させていただいたり、議論させていただいたり、その後メールでもお伝えさせていただいりしたことの一部をまとめてみたいと思います。以下の点は、学校で議論されている内容ではなく、卒業生として私が個人的に考えたことをまとめたものです。内容的にも、どの高校にも通じる普遍的な内容だと思います。

私は今は大学院教育、しかも実務家教育にしか携わっていないので、「すぐ役立つことを教えて欲しい」というプレッシャーがとても強いです。そのような状況の中で、高校の教育を考えてみることは、自分自身が大学院で何を教えないといけないか、ということを改めて考える良い機会でもあります。

 

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多分、これからの日本の高校(慶應みたいな学校も含めて)が考えてないといけない課題の大前提は以下のこと。

これからの日本社会を考えると、子供が親と同等程度の所得水準を維持することはだんだん難しくなっている。おそらく、今と同じ教育をしていると、今の生徒の半分くらいは親と同等程度の所得水準を得ることはできなくなる。

学校教育の目的は、「未来社会への貢献」など色々あるけれども、根幹は生徒が経済的に豊かになるために必要な力を身につけること。今まで、日本の高校は特に努力しなくても、親より豊かな所得を得ることができる社会構造だったけど、これからはそんなに甘くない。おそらく、高校によって、何割の卒業生が親と同程度の所得水準を得られるかは、大きく差が開いていくはず。そこを分けるのはカリキュラムのあり方だし、卒業後も相互に刺激を与え続けるピア(peer)の存在。

特にデータに基づいたエビデンスはないのだけれども、感覚論としてこの危機感を持つことは大切なのかなと思います。生徒の満足度とか、大学にいって活躍できる人材育成とか、保護者が納得するとか、他にも色々な要素はあると思うけれども、根幹はここ。

今の生徒たちは、今存在していない職業についていきます。今存在する職業の一部は確実になくなります。今必要と言われているスキルの一部は未来においては必要ではなくなります。

以下のビデオクリップは、アメリカの初等・中等教育に携わる教員が参考にしているもの。日本の高校の先生たちにももっと普及して欲しいと思います。ここで前提としている社会で、これからの生徒たちは生きていかなくてはならない、ということを考えるにあたって有益だと思います。


Did you know 3 0【日本語訳】

 

こういった社会環境を前提としながら、高校の役割を考えていく上では、以下の点が重要だと考えられます。

  • バランスがとれていることよりも、特定の分野で尖っていること。世界の競争はとても激しいので、バランスをとろうとしていたら競争で勝てるようなことは身につきません。尖っていて目立っていなければチャンスはまわってきません。
  • 世界の変化は常に激しいので、明日は今まで培ってきたことを全て失う、ということが往々にしてありえます。この変化への対応する力を「リジリエンス」と呼びますが、メンタリティとしてこの感覚を理解することは必須だと思います。
  • 世界における多様な課題を解決していくためには、実際にその課題を感じる人の気持ちを理解することが大切です。例えば、発展途上国の子供が困っていることを自分のことのように感じることができるか。このように自分が経験していないことでも共感を持つ能力を「エンパシー」と呼びますが、必要な力だと思います。この力は、世界の課題を発見する力になりますし、解決するためのネットワークを築くためにも重要です。
  • 世界の人たちと人的ネットワークを築くためには、相手が誇りとしていることを理解しなくてはなりません。その誇りとしていることは往々にして、相手が育ってきた社会や・歴史に紐付いています。その背景を理解するためには、「教養(リベラルアーツ)」が必須で、なければ世界のリーダーとの良い人間関係は築けません。
  • 必要なのはいわゆる「理系」の知識。「理系」に進まなくても、今起きている社会現象を理解するためにはサイエンスの知識が必須。
  • 「キャリア」とは、「自分のやりたいこと」「自分の能力のあること」「マーケットのあること」の3つを満たさなくては実現できません。「強み」を評価するのは本人や教員や親ではなく、「マーケット」です。
  • キャリアを歩めば歩むほど、自分の持っているネットワークのダイバーシティが重要になります。小中高大学も一つの国で過ごすのではなく、複数の国で過ごすことで、そのネットワークのダイバーシティをあげることができます。(その意味では、慶應義塾の一貫教育はむしろハンディキャップとなる時代になっているかもしれません)
  • 生徒に多様な価値観を伝えるためには純血主義は課題となりうる。学校の教員の出身高校・出身大学の偏りは、生徒へ伝えられるものの幅を狭めてしまうかもしれません。
  • 学歴は自分の能力を短い時間で示すためのシグナリング。残念ながら日本の大学は、グローバルな社会では東京大学以外はあまりシグナリングになりません。 
  • 世界の大学に目を向けると、"Future-Ready"な人材を育成するために、色々なカリキュラムや仕組みを組んでいるところが沢山あります。生徒が本当に自分に向いた大学を選べる手伝いをすることは高校の大事な役割です。

 

ちなみに、高校の教員が、カリキュラムを考えるにあたって、参考になりそうな本を以下の通り、リストアップしてみました。 

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 
世界級キャリアのつくり方―20代、30代からの“国際派

世界級キャリアのつくり方―20代、30代からの“国際派"プロフェッショナルのすすめ

 
大学教育について (岩波文庫)

大学教育について (岩波文庫)