Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

まだ日本の製品開発力が注目されていた頃に、米国は日本から何を学んだのか


指導教員から読むように薦められたHavard Business REviewの論文。まだ日本の製品開発力が注目されていた頃の話。正直2010年代にアメリカにいるものにとって、日本がこんなに注目されていたことがあったんだ、ということに驚きでした。この時代に米国で研究していた日本人の経営学者のことが、ちょっとうらやましくなります。

論文の概要をご紹介します。やはり日本語で紹介しようと考えながら読むと、英語の論文を深く、細かいニュアンスまで理解しないとできないので、大変有益です。全ての論文にそんな時間はないのですが、自分の研究の柱となりそうで、何回も読み直すことが前提の論文については、今後とも日本語でご紹介してみようと思います。

Gomory R. E. “From the ‘Ladder of Science’ to the Product Development Cycle, Harvard Business Review, November-December 1989


米国産業界は、科学技術が産業の競争力にどのように影響するかを理解しなくてはならない。アメリカが日本から学ばなくてはならないのは、科学技術への研究費の支出額といったマクロな話ではなく、製品開発におけるミクロな手法である。


イノベーションには、”科学の梯子”と”製品開発”の2種類が存在する。”科学の梯子”とは、最も一般的にイノベーションとして認知されているもので、新しい科学の知識を革新的な製品開発に活かしていくものである。マンハッタンプロジェクト、デュポンによるナイロンなどが具体例だ。なぜ梯子と呼ぶかというと、製品開発は、科学研究の積み重ねよりより生まれるからだ。研究が進むにつれて実用性があがる。このプロセスは、研究の中身を良く分かっている科学者たちによって進められる。二つ目は”製品開発”である。こちらは、”科学の梯子”のような派手なイノベーションではないが、技術の商業化には重要は役割を果たす。”科学の梯子”による商業化の完了後は、製品開発のサイクルにおいて、改良を繰り返す。冷蔵庫の改良、プラスティックやガラスの改良などが具体例である。


製品開発のサイクルにおいては、製品開発は製造とは独立して行われる。製品開発において、性能が向上してはじめて、製造プロセスに移行する。しかしながら、日本企業は、製品開発スピードの向上は、マーケットの需要予測を無意味なものにすると考えている。それと同時に、研究開発担当者はNIH症候群を持ち、新たな開発手法を受け入れない傾向にある。


製品の設計は、製造の一歩手前であり、製品開発の専門家が製品開発の早い段階から加わることは難しい。米国においては、製品開発にある種のカースト制がしかれており、設計者が製造担当者の優位に立つ。製造担当者が早い段階で参画しなければ、製造における課題が不明瞭のまま、製造段階に突入してしまう。


技術者に対して、最先端の科学の知識を学ぶ機会を提供することは重要である。科学の先端的な知見を、開発に引っ張って来るのは技術者の役割であり、そのためには、常に先端的な知見を持ち合わせなくてはならない。そのためには、学会への参加、研究発表、大学との共同研究が有効である。


新しい技術の源は大学等の研究所である。大学は、”科学の梯子”に特化しており、技術を産業界に伝えることを得意とはしていない。産業界が積極的に大学における研究を活用していかなくてはならない。日本企業は、米国の大学に研究者を留学させることにより、先端的な知見を活用するノウハウを蓄積してきた。企業の研究所は、大学よりも適切に製品開発に対する知見を提供してきたが、近年は減少している。


米国が日本から学ぶべきことは、企業の文化などではない。今すぐに実現可能な基礎を実行することだ。具体的には、製品開発サイクルのスピードを向上し、製品開発と製造の距離を近づけ、技術者の知見を最先端に維持することである。米国は、”科学の梯子”を適切にマネージしてきた。必要なのは、製品開発サイクルの効率化なのである。



[論点]

  • 米国の 製品開発力はその後向上したのか?現在、日本の製品開発力に優位性はあるのか。
  • 1980年代の日本企業は本当に、科学の梯子を活用する力を持っていたのか。
  • 製造業における科学の梯子から得られた知見は、今後のサイエンス型産業に活用可能か。製造業の特殊性とは何か。
  • 日本の製品開発の知見は、サイエンス型産業のマネジメントに活用可能なのか。