Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

IoTとサンディエゴとBaja California Mega Regionの話

 

最近、藤原洋さんをUC San Diego EmPac Fellowとして5月にお迎えするにあたって、サンディエゴでのIoTビジネスの可能性について色々と調べています。実は調べてみると、結構色々な可能性があって面白い。IoTといってもとても幅広いのですが、まずは3Dプリンタやデジタルファブリケーションの話から。

 

ロングテール」等で有名な元Wiredの編集長を勤めていたクリス・アンダーソンが設立した会社"3D Robotics"の本社はサンディエゴにあります。もともとはロボットをオープンソースで作る会社ですが、最近はドローンでも有名です。なぜこの会社がサンディエゴにあるか、その理由は、サンディエゴだけでこの地域のイノベーションエコシステムをとらえては駄目で、Baja California Mega Regionとして捉える必要があります。

 

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Why Tijuana - CaliBaja Mega Region for Manufacturing | Tijuana Economic Development Corporation より転載。

 

サンディエゴというのは、カリフォルニアの最南端に位置します。ダウンタウンから車で20分も走ればメキシコの国境です。その国境を超えるとティファナという街があるのですが、国境を超えると人件費が安いので、工場が沢山あります。関税の優遇もあるので、製造業はティファナで製品を製産し、アメリカで販売ということをやっています。なぜ、ソニーや京セラをはじめ、日本の製造業の多くがサンディエゴにブランチを持っているかといえば、ティファナの存在があるからです。

サンディエゴとティファナを含めた地域は、 Baja California Mega Regionと呼ばれています。この視点で、イノベーションのエコシステムを捉えると、IoTに関する可能性が沢山見えてきます。

 

クリス・アンダーソンの「メーカーズ」には、サンディエゴとティファナの話が頻繁に登場します。

 

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

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クリス・アンダーソンは、"3D Robotics"の法人化にあたり、ティファナ出身の若者ジョルディをCEOとして迎え入れる。

 

今日、ジョルディは、サンディエゴに再先端の工場を持つ数百万ドル規模の企業、3Dロボティクスの最高経営責任者(CEO)だ。いま現在、まだ二四歳という若さである。 

 

なぜ、ティファナ出身の若者が、サンディエゴを本拠とする企業のCEOになったのか。アンダーセンは以下のように説明する。

 

1 ある賢い若者がいた。彼はアメリカ生まれではなく、英語もそれほど上手ではなく、学業優秀でもなかったが、インターネットにはアクセスできた。好奇心とやる気のあるその若者は、史上最高の情報源を利用して、独学で世界最先端の航空ロボティクス専門家になった。彼はただ自分の情熱に従っていただけだが、その過程で「グーグル博士号」ともいえる知識を身につけたのだった。 

2 僕がみんなの反対に逆らって航空ロボティクスの会社を立ち上げることを決めたとき、自分が知る限りこの分野でいちばん優秀な人物と組んだ。履歴書を見せてもらおうなどとは思いもしなかったし、そんな必要はなかった。 彼はだれにも作れないものを作って、実力を証明していたからだ。  

3 コミュニティの大きな支えと、度胸と、またもやグーグル検索の力を借りて、ジョルディは電子機器製造と生産管理の基本を学んだ。彼は、アメリカ人とティファナ出身のメキシコ人の優秀なエンジニアを採用し、ほぼ全員二〇代の混合チームを作った。 彼らもまたジョルディと同じように、オンラインで研究を調べたり人に聞いたりして必要なことをすべて学んだ。一八カ月後、彼らは世界に通用するロボティクス工場を運営していた。 

 

そして、サンディエゴとティファナの関係、コスト面での競争優位性を以下のように述べている。

 

たとえば、サンディエゴの3Dロボティクスの工場は、ライバルの中国工場とほぼ同じ価格で製造装置や電子部品を買っている。労働者の賃金は僕らの方が高いが、その差は縮んでいる。サンディエゴでは時給一五ドル(月給二四〇〇ドル)程度だが、多くの大手企業向けに iPhoneiPad といった電気製品を製造する中国の巨大製造企業フォックスコンでは、月給はおよそ四〇〇ドルほどだろう。競争と技術力の向上、また労働者保護の圧力から、深センの人件費はこの五年間に五割も上がっているが、欧米の製造企業ではほぼ横ばいのままだ。

 

サンディエゴ工場からたった二〇分の場所にあるメキシコはティファナの新しい3Dロボティクスの工場の給料は、アメリカの半分(月給一二〇〇ドル)で、中国のちょうど三倍にあたる。たとえば、二〇〇ドルの自動操縦基板の場合、メキシコ製と中国製の人件費の違いは一ドル足らずで、製造コストのおよそ一パーセント(小売り価格の〇・五パーセント)にすぎない。賃料や電気料金といったその他のコストは、さらに中国の水準に近い。 

 

更に、アンダーソンは、3Dロボティックスのチームメンバーについて以下のように述べる。

 

チームメンバーの大半がティファナ出身であることは、この際記しておく必要があるだろう。そこに住む若い世代の起業家の目を通してこの街を見るようになった僕は、ティファナが多くのアメリカ人がイメージするような麻薬戦争の現場やテキーラばかり飲んでいる土地ではなく、 ハイテク製造業の街であることがわかった(アメリカ人が買っているフラットスクリーンテレビのほぼすべてがここで生産されている)。ここ数十年のあいだにTJ(ティファナ)で育った若者は、サンフランシスコからサンディエゴへと延びる、カリフォルニアのハイテク地帯の一部を担っているともいえる。 サンディエゴの国境から 20 分のその場所で、彼らはすべてのテクノロジーに、しかもほんの少しのコストでアクセスできる。香港と深センの関係と同じようなもので、国境を超えると低いコストで同質の労働力を手に入れることができるのだ。 

 

サンディエゴイノベーションを生み出す力と、ティファナの製産拠点としての競争力。そして、ティファナから自体が「ハイテク製造業」人材の生まれる場となっている。これ、サンディエゴとBaja California Mega Regionが、IoTの発展にとって、いかにexcitingな地域か、ということがとっても良く分かります。