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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

命かけて没頭した仕事から離れて学ぶこと


はじめに
私は24歳から30歳の6年間、SIVの事務局長として、文字通り全身全霊で、命をかけて、慶應義塾のインキュベーション業務に携わってきました。やっている最中は本当に必死。自転車操業の毎日ですから、自分自身の客観視をすることなんて不可能な毎日でした。日々生きていくだけで精いっぱいでした。

30歳で事務局長を辞めてから1年強が経ちました。SIV事務局長を辞めたことで改めて自分が成長できたことを痛感します。仕事をやっているときよりも、むしろ辞めた後の方が学びや気づきが多くて、はるかに成長することができます。SIV事務局長というポストにしがみつかなくて本当に良かったと思います。そのきっかけを作って下さった國領先生に本当に感謝です。

さて、ここでは、私が退任してから、学んだ気づきをまとめてみたいと思います。


おごり
第1点目は私は6年間SIVの事務局長を皆様のご協力をやらせていただく中で、やればやるほど、自分自身におごりが出ていた、ということです。やればやるほど自分自身が作り上げてきたものやそこでの価値観が当たり前のように感じてしまって、その価値観を他者に押し付けてしまうことが多々ありました。今回この仕事を辞めさせていただいて、自分が如何にこの6年間でおごっていたか、謙虚さを忘れていたかに気づくことができました。自分自身がこのプロジェクトに一番詳しくて一番色々なことを見えていると思っていました。でも未熟な私が一番色々なことを見えているなんてことはある訳ないんですよね。こういったことは、自分が必死にやっている間は絶対に気付きません。仕事を離れて初めて気づくことができることだと思います。特に自分が人生で最初に命かけて取り組んだプロジェクトというのはそういうものだと思います。

SIVを立ち上げてからずっと私の「志」は変わらないと思います。でもプロジェクトというのは、「志」だけでは成り立ちません。部下も含めた周りの方へ常に感謝の気持ちを持ち、おごることなく、謙虚に行動していくことが大事です。これはロジックではない本質的に重要なattitudeだと思います。同じ仕事を長くやっていると忘れてしまうもの、失ってしまうものが必ずあります。そしてその仕事を離れたときに、自分の未熟さに気づくことができる。私は本当に貴重な経験をすることができた、と思っています。SIV事務局長時代には、國領先生は常々、「自分も含めてまだまだ未熟だから」、と常々おっしゃいました。私にとって國領先生は巨人です。でも、辞めてみて初めて、小さな一歩ですが、國領先生のそのお気持ちが分かる自分に成長できた気がします。

SIVは年を追うごとに大きくなってきました。当然私自身のマネジメントスタイルの変化が必要でした。でもそのマネジメントスタイルの変化の中で、私自身「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の部分のマネージができたか、というと自信がありません。本当の意味で「実る」前に、今まで没頭してきた仕事から離れることができて、本当に良かったと思います。


上司としての在り方
第二点目は、上司としてのマネジメントの在り方に関する反省です。SIVは外部環境への依存が強く、外部環境が刻々と変化する以上、マネジメントにおいて、指示に一貫制を保つなんて不可能だと私は思っていました。実際私は今までに部下から指示が良く変わると叱られてきました。でも、その場その場で最善を尽くして考えて判断しているので、指示が変わるのは当然でむしろ良いことだと思っていました。特に、組織が大きくなるにつれて日々の情勢に応じて変化するのは、プロジェクトを成功に持っていくために必要なことであろうと思います。

でも、そのときにその意思決定に振り回される部下がいる、ということを忘れてはいけない、と思います。その配慮がどれだけできるか、これが上司の力量なんだろうと思います。もしそこへの配慮ができたら、その色々な変化がある際に、それぞれがそれぞれの立場で変化を受け入れて最善を尽くすことがチームを作ることができるんだろうと思います。そのときには、上司だろうと部下であろうと、それぞれがその問題を解決するために最善を尽くすために協力するattitudeをみんなが持つことができますが、それは上司としての「振り回される部下への配慮」が前提だと思います。

この配慮は、色々な変化がある中で、部下に説明を求められたときに、言葉でどう表現するとか、ロジックを押し付けるという次元のものではなく、創造性の必要な仕事をする上でチームとして必要不可欠なmind setであろうと思います。

誰もが人間ですから、聖人君子のような振る舞いをすることはできません。余裕がなくなれば、人にあたりたくなるときもあります。「上司と部下」、「教員と学生」というレトリックを使って人間関係に上下関係を作りたくなるときもあります。ロジックで相手を論破することが「目的化」してしまうこともあります。私はそれでも、志さえ確かなものであれば、信頼関係を保てるし、協力していけるものだと思っています。でも、これらの振る舞いが、一時的なものではなく、徐々に増えているときは、何かを見直さないといけないときです。そんなときに、この仕事を離れることができて私は幸せだったと思います。あのまま続けていたら確実にコミュニティが崩壊していたと思います。

そんなことにならないように余裕を持って仕事に臨みたい。でも、真剣に仕事をしているときにはどうしても余裕がなくなってしまうことがあります。でもそんなときにも、せめて自分の振る舞いを客観的に見直して反省する余裕だけは失ってはならない、と思います。


終わりに

マイクロソフトを創業したビルゲイツと、アップルを創業したスティーブ・ジョブスには一つだけ大きな違いがあります。それはスティーブ・ジョブスは、30歳にして自分の創業した会社をkick outされた経験を持っているということです。スティーブ・ジョブスは、自分が命をかけてやってきたプロジェクトから一旦離れることにより、大きな成長を遂げた。その経験が今のアップルのイノベーションの原動力になっていると思います。マイクロソフトの社長をずっと続けたビルゲイツは経験していない強さがそこにはあるように思います。もちろん、ビルゲイツも今やマイクロソフトを退任して、慈善活動に移行しているわけで、そこでは今までのマイクロソフトでの経験を内省化して、素晴らしい仕事をすることかと思いますが。

人間というのは、一つのことをやり続けていてはダメ。絶対に変化がないとダメで、その変化が人間の成長の源泉なんだろうと思います。私自身が、色々な皆様に支えていただいて退任させていただいてから学んだこと。この貴重な経験を糧にこれからもがんばっていこう、と改めて意識する次第です。私は、こういう経験を20代の仕事としてさせていただけたこと、本当に貴重なチャンスをいただくことができた、と思います。