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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「志を失わない」場というメカニズム - SFC中高同窓会幹事会に参加して感じたこと(2) -


はじめに
先日のエントリー、「社会に出て伸びる人、伸びない人 - SFC中高同窓会幹事会に参加して感じたこと(1) -」は、内容が過激だっただけに、色々な方からの反響をいただいた。どうしても、先日感じたもやもや感を言語化すると「エリート主義」的な文章になってしまう。そこが意図の本質ではない。


同窓会のもつべき規範
そもそも同窓会は多様な価値観が持った人が集まる場である。例えば「自分の能力の高めたい」という成長志向は、「学問のすすめ」、「半学半教」等の文化遺伝子を持つ慶應義塾の同窓会である以上、全員が共有するべき規範であることはコンセンサスと言って良いように思うが、自分が高めたい「能力」とは何か、どのように能力を高めていくのか、どのくらいのスピードで能力を高めていくのか、能力をあげるという行為をwork-life balanceの中でどの程度重視するのか。これらの価値観は多様であるべきだし、多様な価値観を尊重できるからこそ、コミュニティとして面白い。

同窓会に参加する卒業生の年齢差は段々開く訳で、経験差が発生するのは当然である。でも若手には、先輩にはない発想の柔軟さやパワーがある。同窓会のような活動は、経験差によって区分けされるようなことはあってはならず、多様な世代が相互にないものを補いあって協力していくことが必要だ。何より若手は、その未熟さがアドバンテージであるように思うし、先輩は後輩のその未熟さによる個性をrespectすることが必要だ。当然「半学半教」が重要であることはあえて触れる必要もない。

混沌とする現代、キャリアパスも多様だ。自分のキャリアが常に順調に発展していくことなんてありえない。物事がうまくいかず落ち込んでいるときもあるだろう。失敗を積み重ねている局面もあるだろう。そういうメンバーを暖かく励ますことのできる場でありたい。一時的に社会的な地位が高い・低いで区分けが生まれるようなコミュニティであってはならない。

そして、何よりも今同窓会のコアメンバーとして貢献して下さっている方々は、誰もが強い責任感を持ち、多大な業務をこなし、そして日々相互に切磋琢磨している。素晴らしい人材に恵まれているコミュニティであるように思う。

というような基本的な価値観・感想を持ちつつも、どうしてももやもやする違和感があった。それは何なのか、ここ数日色々考えてみた。同窓会は上記で述べたような価値観を持つべき組織であるとするならば、卒業生が「成長したか」「成長してないか」ということを考えること自体が価値判断の本質ではなく、むしろmisleadingであるように再認識するようになった。


「志」
数日考えて気づいたのだが、本質的に重要なのは、未来の成長に対する「志」を持っているかどうか、ということなのではないか。社会人としてのキャリアパスをスタートすると、どうしても当初描いていたような「志」や理想の通りに進むことはありえず、数多くの壁にぶつかる。その中で苦労を重ねながら、一歩一歩前に進み成長していく。でも中には、その壁の前で挫折し、当初の「志」を失っていってしまう人も少なくない。20代後半くらいから、そういう人が少しづつ増えてくる。今回の同窓会幹事会では、そのような傾向を、私の偏見かも知れないが、私はそう感じる社会人が出始めてきた、というのがこのもやもやの本質かも知れない。

であるとするならば、同窓会の役割はますます重要だ。同窓会とは、過去を振り返ることのできるメカニズムを持った組織である。その過去を振り返るメカニズムを、ただ「懐かしい」という心地よさで安住する場とするのではなく、自分が昔持っていた「志」や「初心」を思い出すことのできるような場にしていくことは可能であるはずだ。

「良い同窓会」とは何か、この定義は難しい。でも、若い頃に持っていた「志」を忘れさせないようなメカニズムを持った同窓会が実現できるとすれば、間違いなく「良い同窓会」であるし、それが同窓会の本質的なレゾンレートルであるように思う。


まとめ
さて、ここまで考えてみて、自分自身が、高校生のころに持っていた「志」を本当に忘れていないか。そう言われると自信がない。年齢を重ねれば重ねるほど、悪知恵や、邪念が出てくる。下ごころを持つこともある。自分の限界を感じて無力感にさいなまれることもある。視野が広がっているように錯覚しているだけで、実際には視野が狭まっているころが往々にしてある。自分の能力を過信し、おごってしまうこともある。結局のところ、昔持っていた「志」を一番忘れているのは自分自身なのかも知れない。

1年ぶりに参加した同窓会幹事会。今まで以上に自分自身にとっての「気づき」の多い、実りある時間を過ごすことができた。まさに同窓会幹事会という場に参加させていただくチャンスを持っている自分は幸せなんだ、と思う。同窓会活動を維持して下さっている皆様への感謝の気持ちを忘れてはならない。


補足
ところで、私は一時期、「同窓会」を研究テーマにしていたので、「同窓会」に関する文献も色々と読んだ。その中でも、以下の一冊はお勧めだ。


同窓会の社会学―学校的身体文化・信頼・ネットワーク

同窓会の社会学―学校的身体文化・信頼・ネットワーク


福岡の高校をケース・スタディとして、「同窓会」という組織・ネットワークの役割やメカニズムを社会学の観点から分析している。この知見は、SFC中高同窓会の未来をdesignするにあたって、様々な形で役立つと思う。ぜひこういった知見を活かしていくような同窓会でありたい。