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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「経験者から学ぶ」ということ

先日のエントリ、「グローバル社会で真剣に戦う覚悟」は多くの方が観て下さって、その中でmkusunokさんからいただいたコメント。

mkusunok: いい心がけ。なかなか難しいけどね。年下に向かって敬えとしかいえない時点で負けだが、偶に言語化し難い重要な忠告である場合もあるから注意


僕自身は、30歳を超えた今でも(というか超えたからこそ)、"Don't trust over thirty."は正しいと信じていて、これからの時代を作るのは、既存の概念に縛られていない、しがらみのない、30歳以下の人、と信じています。ですから、年上に遠慮するような価値観は全く持ち合わせていない。


でも、このmkusunokさんのメッセージは、僕の前回のエントリできちんと書ききれなかった、極めて大事なものを示唆していると思います。すなわち、大人の流儀として「若者に自分の価値観を押し付ける。年上を敬うことを押し付ける。」というのはみっともないと思いますが、一方ででは若い側がどのように振る舞うのか、という観点が抜けている。若い側は常に相手の言おうとすることの深みを探し続ける姿勢を持つことが大前提として重要だと思います。簡単には言語化しきれないような人生への教訓やアドバイス、メッセージが沢山ある。


続いて、全然別の話のtwittterのやりとりで、wamossさんからのつぶやき。

wamoss: @kanetaka_jp 私の場合、誰かに昔言われたアドバイスなりについて、
後になってその本当の意味が分かったときに、人生のステージが変わったように
感じます。(略)


若いうちに受けたメッセージの多くは、即座にその意味や深みを理解できないものです。そして、成長というのは、過去に受けたメッセージの深さを理解できたことを言うのでしょう。

それに関連して、私が慶應義塾大学時代に携わっていたプロジェクトで、後輩の屋代君が書いたブログに以下のような記述があります。

SIVでは、とにかく“学生を信じて”何でもやらせてくださいました。僕が運営に関わっている慶應ビジネスコンテストも、SIVの様々なリソースをどんどん使わせてくださいました。初めは、その恵まれた環境を理解するにも到底足らないほど周囲が見えていなかったにもかかわらず、僕自身がそれに気付くまで辛抱強くじっと待ってくださいました。物事には1度言われれば気付く事と、3度言われても然るべき時期が来るまではわからない事があります。KBCを引っ張っていく代になり、本当に教えるのが難しいのは後者であるということ、また本当に人を成長させるのは、そのようなことを“わかった”瞬間であるということを改めて認識しました。SIVではそんな学生を諦めず見守って下さるのです。


この内容は、自分自身深く考えさせられ、自分自身の過去を振り返って、自分の未熟さを沢山反省したメッセージでした。


自分が自分の正しいと信じるメッセージを周りに伝えようと思い、必死にコミュニケーションをとる。そして、無意識の中で、自分の考えるアドバイス/メッセージを、相手に今この瞬間に理解して欲しいと思っている。でもこれはおごりなんだと思います。もし仮に自分の伝えようとするメッセージが正しさを持ち、相手にとって重要なものだったとしても、その瞬間に相手に伝わる必然性はありません。それまでの自分は、相手に自分の信じる正しさを、その瞬間に理解してもらおうと行動していたことに気づかされ、自分の未熟さに反省したのです。


ということは、若いうちは、相手の言うことに違和感があっても、とりあえず聞いておいて、頭の片隅においておくことが大切で、ある程度年齢を重ねてくると、相手がいつか理解するときを信じて待ち続ける心の広さが重要になるのでしょう。


今の日本には、「年上を敬え」というレトリックを使い、自分の寂しさを補うための手法として、若手に「ありがたいアドバイス」をしようとする人が沢山います。そして、自分自身が寂しい人に限って、そのアドバイスが相手にすぐに伝わらないと、寂しく感じ不満に持つものです。そうすると、更に相手に伝えることに必死になって、若い人の時間を無駄に浪費していく。

若い人の時間は、シニアの人の寂しさを紛らわせるものではない。そんなことが許されていては、未来を創る人がいなくなってしまいます。そして、いくら言葉でいっても今は分からない、でもいつか分かるときがくるんだ、という自信を、自分が伝えようとするメッセージが本当に正しいという自信があれば、持つことができるはずです。この二つの価値観は、「大人の流儀」として大切なものであるように思います。

そして、若手は、シニアに迎合することなく、でもシニアな人たちから受けたメッセージを頭の片隅に置きつつ、その言葉の深みを考え続けていく姿勢も、同じくらい大切なのでしょう。まぁ、「大人の流儀」のできるシニアを選んでいくことは大切で、その流儀のない人とは距離をおいて良いと思うけど。