Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

より豊かな人間交際を展開するにあたって必要な"Favor Bank"という考え方

アメリカ社会にいると"favor bank" という規範を意識的に持つことが大事なように思います。この規範は、本来的には日本だろうとどこだろうと、人間が作るコミュニティでは基本一緒だと思いますが、特にアメリカ社会では、社会が成り立つための構造に埋め込まれているように感じることがあります。この言葉は皆さん耳慣れないと思います。この話、以前にスピーチにでこのお話をしたことがあったので、その内容を少し改編して、ご紹介しようと思います。


"favor"というのは英語で好きな意思と書いて”好意”ですから、好意の銀行という意味です。英語で相手に頼みごとをするときに"Could you do me a favor?"という表現を使います。このときに相手に"favor"がなければ、お願いは受けてもらえません。また一方的に頼みごとばかり繰り返すと、相手は嫌気をさしてしまいます。この"favor"は、常に変動しますし、決して金銭的価値に換算できるものでも、日本語でいう「貸し借り」でもありません。「相手からお願いされることがうれしい」もしくは「相手が喜ぶことがうれしい」という気持ちなんです。人は誰もが相互に"favor bank"を持っていて、そこに預貯金をしています。この仕組みは、コミュニティが健全に成長していくための必要条件です。


“favor bank”の預金をためることは決して簡単ではありません。5つの大切な”attitude”、すなわち心構えがあります。


第1の"attitude"は、共通の思い出を大事にする、ということです。共通の思い出を持っている人同士は、その思い出を源泉とした"favor"を持つようになります。例えば同窓生同士、同郷出身者同士がお互いに"favor"を持つのは、まさにこれがその理由です。ちなみに、「一生の思い出となる決定的な瞬間」に居合わせることは特に重要だったりしますが、そういうことを大切にしようと意識的にしていないと、多くの場合チャンスを逃します。


第2の"attitude"は、将来の夢・志を持ち続ける、ということです。一生懸命がんばってる人には必ず"favor"が集まります。困難な目標に向かって果敢に挑む根性を持ち、どんなに辛い状況でも決して逃げないような、未来への夢を託せる人材には必ず、"favor"が集まります。自分がチャレンジしていることを常に周囲に伝え続けていくことが大切です。困っていることを含めて(愚痴はだめ、常に自分に関する情報をオープンに表現しておくことが基本だろうと思います。


第3の"attitude"は、相手の気持ちを大切にする、ということです。周りの人を楽しませること、勇気付けること、困っていそうなときに"compassion"を持ち一声かけること。こういった一つひとつの行動により、"favor"が貯まります。そういったきめ細かい相手への心遣いは大切です。


第4の"attitude"は、多種多様なつながりを大事にする、ということです。人は誰もが、同質な人とだけ付き合っていた方が居心地が良いですから、異質な人とは距離を置こうとする心理的特性を持っています。その状況の中で、自分に自信を持ちながらも、異質な人を受け入れる余裕をどのように持っていくか。そのときに一番大事なのは、相手の年齢や立場に関係なく、フラットな人間関係において相互に"respect"を持ちあうことができるかどうかです。世の中には、年齢差、社会的地位、バックグラウンド、能力といったレトリックを使って人間関係を作る人が沢山います。でもそれは、「おごりとごますり」、「権力の利用」であって、”favor”ではありません。真にフラットで相互に"respect"を持てるような関係をどれだけ多くの人と築いていけるかどうか。


第5の"attitude"は、相手に貢献できるタイミング、感謝の気持ちを示せるタイミングを大事にする、ということです。日常生活の中では、実際には驚くほど、自分が相手に貢献できるチャンスというのは少ないものです。またいつか貢献できるチャンスがあるさ、と思っている限り、そんなチャンスは巡ってきません。また、相手に感謝の気持ちを示すタイミングというのも、思った以上に滅多に訪れません。相手の人生のステージが変わる瞬間などに、感謝の気持ちを伝えられると良いのですが、なかなか忘れがちだったりもします。そのような機会を大事にするかどうかで、相手との関係は大きく変わります。


自分はどんな相手と"favor bank"の預貯金をしているのか、一度棚卸をしてみることは大切だろうと思います。そして、そのときに相手はなぜ自分に"favor"を持ってくれているのかをきちんと考えてみましょう。それに気付かなければ、自分が困ったときに、あっという間に預貯金を使い果たしてしまいます。


損得勘定で人間関係を構築することは寂しいこと。でも、相手に好意を持ってもらうように日々の生活を送ることは、人生を豊かにするための秘訣のように思います。ちなみに、留学というのは、自分が今までいた"comfort zone"から飛び出て、自らの力で、ゼロから人間関係を構築する機会でもありますから、"favor bank"を体感する良い機会でもあります。


ちなみに、僕はこの"favor bank"で"favor"をためるのは、かなり苦手で、日々反省を繰り返しています。