I Shall Return –アルゴ船の船旅を楽しもう- (SIV Relay Blogより)
このブログをご覧の方はご存じかと思いますが、SIVでは、"SIV Relay Blog"という関係者が週に1回、ブログ形式で活動を紹介する活動をしています。SIV終結に伴い、最後の150号は私が執筆しました。
http://www.siv.ne.jp/publication/blog/archives/2008/03/20080321_2200.html
こちらのブログのみを見ていただいている方も多いかと思うので、先日の「励ます会」のご挨拶と一部内容がかぶりますが、転載させていただきます。
I Shall Return –アルゴ船の船旅を楽しもう-
新しいフェーズのスタートとしての私の退任
私がSIV事務局長の退任を決意したのは、30歳の誕生日を迎える半年前の2007年の8月のことです。でも私の事務局長退任は大変多くの皆様にご迷惑をおかけすることになるので、この話は一歩一歩ステップを踏みながらご相談をさせていただきました。大変幸せなことに、これだけ多くのご迷惑をおかけする私の決断に、皆様快くご理解を示して下さいました。そして何よりもうれしかったのは、私の「わがまま」でスタートし、私の「わがまま」なやり方で推進してきたこのSIVの活動の価値を認めて下さって、私の退任後も引き継いでいこう、とおっしゃって下さった方が多数いたことです。ちなみに、私が退任すると決めた途端に、周りの方が今まで以上に深く活動にコミットして下さるようになり、「こんなにみんながんばれるなら、もっと早くがんばってくれれば私はもっと楽だったのに」と悔しく思うと同時に、でも新しいフェーズがスタートするときのパワーというのはこういうものなんだな、ということを体感することができました。SIVという個人の「わがまま」な活動から、KIEPという社会的使命を持った組織に変化するということは、今までのSIVの歴史の中でもっとも大きな進化であろうと思います。
このSIV Relay Blogが発行される頃には、いよいよSIVの活動に一区切りをつけるタイミングとなります。SIVラボ発足から3年、SIVコンソーシアム発足から6年が立って、この間に素敵な出会いが沢山ありました。SIV Relay Blogも、そんな素敵な出会いを可視化して、少しでも多くの皆様に知っていただきたい、と思ったことから始まった企画でした。そんなSIV Relay Blogもいよいよ150号、最終回を迎えます。慶應義塾創立150年の節目に、SIV Relay Blogを150号で終えることができる、というのも奇遇ですよね。
さて、最終号では、「新しいフェーズのスタートとしての私の退任」を皆様にお伝えするために、「なぜ、私はこのタイミングでSIVの事務局長を退任する決意をしたのか。そしてこれから何をやりたいのか。」ということと絡めて、2つのことをお話したいと思います。
その1: Great Vantage Pointに到達して見えたもの
まず、私がSIV事務局長を退任するにあたって、一言申し上げたいのは、私の退任の理由は、SIVの活動に飽きたからでも、道半ばで諦めたからでもない、ということです。この仕事は私の天職だと思いますし、今後もSFCや慶應義塾、そして今後のSIV/KIEPの活動に貢献していきたい、という思いに変化はありません。
でも、一方でこのSIVの活動を進めながら、一歩一歩コミュニティが大きくなり、内外で「日本のインキュベーションの成功モデルになりつつある」という評価をいただくことが増えた一方、やればやるほど、私自身の能力の限界を感じつつあったことも確かです。あと5年、10年この仕事をやれと言われればこの活動を維持・継続することはできたかも知れない。でも今の延長線上でこの仕事を続けたとしても、その成長はたかが知れている。このままでは、自分が本当に実現したかったことをSIVでは実現できないし、更に言えば自分の能力が慶應義塾のインキュベーションの発展にとってのボトルネックになってしまう、と感じていました。
そんな悩みを持っていたときに出会った本がAnnalee Saxenianの"The New Argonauts: Regional Advantage in a Global Economy"でした。この本は、なぜ最近アジアにおいて、インドや中国、台湾などの地域クラスターが台頭しつつあるのか、ということを分析したものです。その秘密は、人材の循環にあります。1980年代あたりから、これらの地域では、積極的に若手人材を米国に送りこみました。彼らは米国で工学の博士を取得し、その後数年間シリコンバレーのベンチャーで働き、そして母国へ戻ってくるという変遷をたどっています。帰国後は、母国において、ベンチャー経営、エンジェル、政策立案等、多面的に活躍し、その地域のクラスターの発展に貢献しているそうです。特に興味深いのが、これらの地域は独立して存在している訳ではなく、シリコンバレーとの連携により成り立っている。Saxenianは、これらの人材を"The New Argonauts"と呼び、グローバル競争における地域優位の源泉であるとしています。
ちなみにこの"Argonauts"という言葉は、ギリシャ神話に登場する船に乗り組んだ英雄たちのことを指します。この言葉が転じて、ゴールドラッシュ時に、海から船でカリフォルニアにきた人を"The Argonaut"と呼んでいたそうです。その意味でまさに、シリコンバレーで活躍するアジア人は、21世紀における"The New Argonauts"なんです。もし、私自身が"The New Argonauts"になることができれば、SIVで本当に実現したいと思っていることが実現できる、と確信するようになりました。
この6年間、私は大変多くの皆様にお世話になってきました。SIVを6年間維持し、発展する土台を作ることができたのは、多くの皆様の善意で、支えて下さったお陰です。この仕事やればやるほど、その皆様の善意や期待を裏切ることはできない、という気持ちの中で、必死にがんばってきました。本当に必死に毎日を生きてきました。でも、不思議なもので、いざ退任することを決めると、自分の過去の活動を冷静に振り返ることができるようになり、今後やりたいことがますます増えてくるようになりました。
具体的には次の活動として、SIVで培ってきた活動をアジア全体に広げて、アジア全体のイノベーションやアントレプレナー育成を担う、そのようなプラットフォームをシリコンバレーから実現したい、と思っております。いわば、SIVアジア版をシリコンバレーを拠点としてスタートしたい、まさにアルゴ船の船旅を楽しみたい、ということです。
シリコンバレーにて、今までのSIVで培ってきたネットワークを活用しながら、会員企業の皆様のグローバル展開の事業をご一緒したり、SIVから育った卒業生の留学のきっかけを作って一緒に活動したりしながら、グローバル優位の拠点作りを実現していきたい、と思っています。
20代の間に必死に頑張り続けてきたからこそ、Great Vantage Point (見晴らしのきく地点、よい観戦場所)に到達することができた。でも、Great Vantage Pointに到達した今、もっと高い山が沢山見えるようになりました。例えるならば、本当に実現したいことがエベレストに登ることだとすれば、今はSFC の丘の上に到達したくらい、ということでしょう。SFCの丘の上に到達することによってやっと富士山が見えるようになってきた、ということかと思います。
その2: “Don’t trust over thirty”の先にあるもの
私自身は、これからやりたいことが沢山あります。でも考えれば考えるほど、私が人生で本当にやりたいことの本質は今までのSIVの活動そのものでした。 SIVを立ち上げたときの思いを、人生のどこかで、「本物の活動」として実現したいと思っています。でも今の自分の能力ではそれは実現できないことも明らかです。そこで、今までお世話になった方々への感謝の気持ちを示すためにも、それを実現するために、今回私がSIVから去るにあたって、自分に課した宿題を宣言させていただこうと思います。1. 博士を速やかに取得し、研究者としての基礎を身につける
私自身、2005年より博士課程に入学し、博士の取得を目指して参りました。しかしながら、SIVの活動を言い訳にしながら、博士取得のプロセスが全く進んでいない状況です。将来私自身がこの活動を進めるにあたって、博士取得は大学を基盤として活動する以上必要不可欠です。今までのように、「SIVが忙しいせいで」、という言い訳ができなくなる今こそ、この1年で真剣に博士取得に集中し、速やかに博士を取得したいと思います。この速やかというのも大切と思っています。人の期待やお気持ち、というのはいつまでも続くもではありませんから。
博士取得後も研究者としての修行を積んでいく必要がありますが、私は良い論文を書くだけではなくて、ぜひ産業界の皆様に「さすが博士を持っている人は、産業界においても活躍する人材なのだな」と思っていただけるような研究者になりたい、と思っております。そのためには、かなりの知識と経験と修行が必要です。2. 技術系Start-upのマネジメント経験を積む
私が本当にSIVで実現したかった初心は技術シーズのインキュベーションです。それを本当の意味で実現するためには、個別技術のマーケットを知っていること(=そのマーケットのキーパーソンとのネットワークを持っていること)と、Start-upのマネジメント力の二つが必要不可欠です。それなしには、本物のインキュベーションはできません。そのための修行として、人生のどこかできちんと技術系Start-upのマネジメントを経験したいと思っています。この経験を自分の人生においてリバレッジのきく経験とするためにも、グローバル水準の経営チームの中で、厳しく揉まれる経験を積みたいと思います。3. 人を育てる能力を身につける
この活動は、色々な意味で学生の皆さんに支えてもらいました。学生がいたからこそ、実現できたことが多数あります。でも、いざ振り返ってみると、私ができたのは、学生が育つ環境を作ることだけ。私自身が本当に学生を育てることができたのか、というと自信がありません。SIVの実体は、優秀な学生たちが SIVの環境で勝手に育ち、私の「わがまま」を聞きながらSIVを支えてくれた、ということです。もし私自身に、人を育てる能力があったとすれば、もっとこの活動を発展させることができたように思います。
SIVでは大変多くの皆様にお世話になりました。でも、本当の意味で私を育てて下さった方は、村井先生、國領先生、熊坂先生の三人だと思っています。6 年前に私がSIVを立ち上げた頃、右も左も分からない状態でした。今よりもはるかに頼りない若者でした。そんな私に村井先生、國領先生、熊坂先生は、 SIVのすべてを私に任せて下さいました。そして任せるだけではなく、この活動の防波堤になって、私の無謀な活動について、全てのリスクをとって下さいました。時に励まし、時に叱って、私が見えていない視点を常にご教授下さいました。人を育てるということを身を持って示して下さいました。私自身が、SFC でそのような恵まれたチャンスをつかめたことを幸せに感じると同時に、そのようなチャンスをぜひ後輩にも提供したいと思いながらSIVの活動をやってきました。
今の自分は6年前の自分みたいな無謀な人材を引き受けて育てる自信はありません。でも、それができるようにならないと、自分が本当に実現したいことができない、と思っています。これを実現するためには、自分の専門性を磨くこと、人格を養うこと、社会的な実績を積むこと、社会の広さ・深さを知ること、本当に多くの解決すべき課題があります。でもいつか自分も村井先生、國領先生、熊坂先生のように人を育てることのできる立派な大人になりたい、と思っています。これらを総合的に実現しようと考えていくと、”Don’t trust over thirty”のフェーズでは学ぶことのできないことが多数含まれています。社会においてイノベーションを持続的に誘発する仕掛けを作るためには、” Don’t trust over thirty”を前提としながらも、その先にある大人にしかできない「大人の流儀」が重要であるように思います。”Don’t trust over thirty”で走り続けた20代を体験して30歳になった自分だからできる「大人の流儀」を身につけていきたいと思います。それを身につけることなしに、自分が本当に実現したいことはできない、と思っています。30歳というのは、そうした新しいステップに踏み出すちょうど良いタイミングです。
お世話になった皆様へ ―I Shall Return−
2008年1月21日(月)は、SIVSG (SIV Student Group)の最後の授業でした。このときに私は「SIVSG終結にあたり伝えたい10のこと」を学生の皆さんにお話しました。この最後の授業の最後にお話したのは、慶應義塾の元塾長である小泉信三先生が戦時中に息子に送った手紙の話です。このとき、私は最後の授業ということで、途中で泣いてしまったこともあり、しっかりと伝えたいことを言葉にできませんでした。そのときに伝えたかったメッセージを最後に記して、このリレーブログを終えたいと思います。「君の出征に臨んで言って置く。吾々両親は、完全に君に満足し、君をわが子とすることを何よりの誇りとしている。僕は若し生まれ替って妻を択べといわれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若しもわが子を択ぶということができるものなら、吾々二人は必ず君を択ぶ。人の子として両親にこう言わせるより以上の孝行はない。君はなお父母に孝養を尽くしたいと思っているかも知れないが、吾々夫婦は、今日までの二十四年の間に、凡そ人の親として享け得る限りの幸福は享けた。親に対し、妹に対し、なお士残したことがあると思ってはならぬ。今日特にこのことを君に言って置く。」
この手紙を読んで、私の退任にあたって深く考えるところがありました。私は、この6年間の活動で、本当に素晴らしい出会いに恵まれました。この活動を継続できたのは、ご支援下さった皆様のお陰です。もし私が生まれ変わって、自分の仕事を選べと言われたら、間違いなくこのSIVの仕事をもう一度選ぶでしょう。そして、もしそのときの仲間を選んで良い、と言われたら、今までSIVのコミュニティ創りにご一緒させていただいた皆様をまた選びたい。そう思いながら、この仕事を終えられることこそ、幸せなことはない、と思っております。
私はこれから新しいチャレンジに踏み出します。これからは、今まで以上に辛いことが多いかと思います。でも、この6年間で培ったことを自信の源泉にして、この6年間に素敵な仲間と出会えた幸運に感謝しながら、そして皆様のご期待、お気持ちに今後とも答えていくためにも、”I Shall Return”の心持ちを持って、アルゴ船の船旅を楽しみたい、と思っています。戻ってくる「場」は多様です。でも必ずまた皆さんとご一緒に仕事ができれば、と思っています。どうもありがとうございました。