Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「清水の舞台」はなぜ自殺の名所にならないのか?


「清水の舞台」にて見たもの

先々週、学会で神戸出張に行った帰りに京都に寄りました。ユニリーバ勤務で大阪赴任中の石川君と紅葉の美しい秋の京都を堪能してきました。清水寺に行き、祇園でしゃぶしゃぶを食べて、その後は鴨川のほとりのバーで一杯、と優雅な半日を過ごしました。

ところで、清水寺に行き、「清水の舞台」に立ったとき、様々なことが頭の中を駆け巡りました。今、慶應でこのまま博士取得に邁進するか、海外に留学して海外での博士の取得を目指すか。その岐路に立っています。自分自身が、本当に海外の大学院に受かり、かつ博士を取得する実力を持っているか、自信を持てないのが正直なところです。今まさに、「清水の舞台」を飛び降りるかどうか、悩んでいる瞬間です。

「清水の舞台」から京都の街の全景を見たり、飛び降りたらどうなるんだろう、と思って真下を眺めてみたり、しました。


「清水の舞台」にて思いだした言葉

そんなときにふと思い出したのが、シリコンバレーでベンチャーキャピタリストとして活躍なさっていて、SIV創立当初からずっとお世話になっていた大澤弘治さん (Global Catalyst Partners, Managing Principal & Co-Founder)(http://www.gc-partners.com/management_osawa.php)から昔聞いた言葉でした。

大澤さんは慶應義塾大学卒業後、三菱商事に入社して、その後しばらくしてシリコンバレーオフィスに駐在になりました。その駐在中、大澤さんはシリコンバレーを堪能して仕事していたので、いざ本社より帰国の命が出たときに帰りたくないな、と思ったそうです。そのときに、仕事上のパートナーであったカムランさんという方から、「あなたは本当は日本に帰りたくないんだろ。だったら俺と一緒にビジネスを立ち上げよう。」と声をかけられて立ち上げたのが、Global Catalyst PartnersというVCです。

大澤さんにして見ると、三菱商事でのキャリアが保証されている中で、そこから飛び出してリスクの大きいVC業界に飛び込む。まさに「清水の舞台」を飛び降りる気分だったそうです。でも不思議なもので、いざ清水の舞台から飛び降りてみると、「飛び降りる前に感じていたほど高いジャンプではなく、小さな一段を降りただけだった」と感じたそうです。

きっと今の自分の心境もこんなところなのかな、と。


「清水の舞台」について、その後聞いたこと

この話を立命館大学の竹岡君に話したときに面白い話を聞きました。「清水の舞台」から過去に実際に飛び降りた人は沢山いる。でも実際に死んだ人は誰もいないんだ、ということです。もちろん、大怪我した人は沢山いるだろうけど。逆にいうと、「清水の舞台」というのは飛び降りても「死ぬほど」の高い舞台ではない、ということ。

「清水の舞台を飛び降りる」というのは、「人生死ぬ訳じゃないんだから、何でもチャレンジしてみようよ」という本当に前向きな表現・言葉なんだ、ということに気付かされました。

確かに良く良く考えてみると、こんなに有名な「清水の舞台」、一歩間違えれば、富士の樹海と並んで自殺の名所になっていてもおかしくないですよね。どうせ自殺するんだったら、「清水の舞台」を飛び降りよう、と思う人がもっといてもおかしくない。その方が格好いいかも知れない。

「清水の舞台」はなぜ、自殺の名所にならないか?それは、清水の舞台というのは、死ぬほどの高さではないからです。つまり、「清水の舞台を飛び降りる」という言葉は、死ぬほど大変なチャレンジではない、ということ。

それに気付いたとき、また一歩自分が成長できたような気がしました。秋の京都、多くのことを学んだ1日でした。