Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「社会に役立つ社会科学の研究手法」と「プロダクトにつながる科学の研究手法」


社会科学分野の研究を、社会現象の分析にとどまらずに、どのように現実に役立つ形でフィードバックしていけば良いのか。科学研究を具体的にプロダクトにまで落とし込むためには、どのような研究が必要なのか。この一見二つの違うように見える質問の答えは、「デザインアプローチ」という研究メソッドを追及していくことで導き出せるように思います。この問題意識の発端は、恐らくギボンズの「モード論」からなのではないかと思います。


現代社会と知の創造―モード論とは何か (丸善ライブラリー)

現代社会と知の創造―モード論とは何か (丸善ライブラリー)


日本では、吉川先生の「第二種基礎研究」という概念が、一番の基盤ではないかと思います。分析アプローチの研究から社会に還元できる形式までの間を埋める研究として、「第二種基礎研究」という概念を紹介し、その方法論をまとめています。


第二種基礎研究

第二種基礎研究


さて、今回は随分前に読んだ國領先生の『情報社会のプラットフォーム: デザインと検証』について、サマリーをアップしておきます。情報社会学会の目指すべき方向性をまとめた論文なのでやや抽象度が高いですが研究のスタイルを考える上で色々と参考になります。國領先制の考える「デザイン・アプローチ」が良く分かる論文であろうと思います。



國領二郎著: 情報社会のプラットフォーム: デザインと検証

情報社会学は、情報システムのデザイン論に落とし込むことが、「役に立つ」学問となるために重要である。情報システムを人工物としてとらえて、人間が操作可能な人工物のデザイン変数と社会構造との相互作用のメカニズムを解明する、という学問手法である。
この研究において重要なのは、人工物としての技術と情報システムは共進化するということである。技術が社会構造に一方方向に影響を与えるものと考えることはできず、技術も多くのアクターによって解釈されながら社会的構造物として発達する。

「情報と組織分析の基本フレームワーク」として (1)システムのパフォーマンスはボトルネックによって決定づけられ、(2)技術はそのボトルネックを緩和するように探索され、開発され、適用されていくというシステム観が必要となる。情報化をこのような人工物のデザインと社会構造の変遷のプロセスとして理解し、より良いシステムをデザインすることを使命とする設計科学として情報社会学を位置づける。

情報システムをデザインするための体系としてアーキテクチャ概念(「本来複雑な機能と構成要素を持つ全体システムを、あるデザイン思想に基づいて、相対的に独立性の高い下位システム(モジュール)に分解し、モジュール間を明示的に定義されたインターフェースでつなぐ時の、そのデザイン思想」)がある。アーキテクチャ概念を活用することにより、インテグラル型とモジュラー型、オープン型とクローズド型、集中型と分散型を対比するなど、組織論における議論が可能となる。
情報システムのデザインと検証においては、導入事例を多数観察してその影響を検証するという従来の研究手法が、導入事例が少ないため困難となる。そのためabduction (螺旋方方法論)と呼ばれる、部分的に解明された因果関係をもとに仮説を生成し、その仮説を実社会に適用して、検証することで、完全ではないか以前よりも多くを知る状態を創り出す、という方法論を活用せざるをえない。
ネットワーク化が進む中で、人工物としてのプラットフォーム(「第三者間の相互作用と促す基盤を提供するような財やサービス」)が重要となる。プラットフォームは、1)ネットワーク社会の最も大きな特徴である、多くの主体のつながりを生み出す基盤となる 2)今多様なイノベーションが起こっている分野である という理由により情報社会学において重要となる。通信インフラの整備により、誰もが安価に世界中からアクセス可能なプラットフォームを構築する基盤が整った。プラットフォームにおいては、「制約」をシステムの中に埋め込むことで、逆に多様なコミュニケーションが活性化する、という特性を活用しながら有効なデザインを行っていく必要がある。

このプラットフォームを持続可能なものとするためには、情報システムだけではなく、それをとりまく資源投下の誘因(インセンティブ)が必要である。特にプラットフォームは、「ただ乗り」が発生しやすく、投資回収のメカニズムを構築しづらい。デザインにあたっては、「技術、ビジネス・モデル、制度」の検討が必要である。

人間が社会のあり方を計画できないまでも、その進化の方向に影響を与えることは可能である。そのために「役に立つ」情報社会学が重要となる。


それにしても、どうもこの「研究」と「社会」をつなぐ研究に関する著作・論文はどうも日本語に偏っているような気がします。私が刺激を受けるコミュニティが日本語に偏っているせいなのか、それともこのニーズが特に日本に強いのか。もう少し英語の文献を深くあたってみないといけない状況です。どなたかこのあたりの分野を扱っている英語の文献をご存じの方がいらっしゃれば、ぜひお教え下さい。