シンガポール国立大学から学んだこと
はじめに
1月中旬にシンガポール国立大学の研修に参加させていただきました。今回のシンガポール滞在、とても有意義でした。大学トップマネジメント研修@シンガポール国立大学(NUS)から学んだことが沢山あります。どうして、NUSがグローバルランキングで、東大を抜いてアジアで首位になったかが良く分かります。
もちろん片側ではシンガポール政府からの潤沢な資金がNUSに投入されていることは確か。日本の大学ができたらいいな、と思っていることをNUSが実現できているのは、政府からの資金援助があるからであることは間違いありません。
でももう一方で、資金以外にも、NUSがグローバルな環境の中で、厳しい競争に自らを追い込んでいることも確かです。僕は最近大学のマネジメントに最も大事なことを一つだけ上げろと言われたら、それは"resilience"だと思っています。つまり激変する外部環境に中で大学が、痛みがある中でもしなやかに新しい環境に適応していくというメカニズムです。大学という組織は硬直性があったらその時点で、大学の役割を果たせなくなります。だって、これだけ社会環境の変化が激しい中で、大学が社会の変化より遅かったら、未来に役立つ人材の育成なんてできないから。
"Resilience"が成り立つための仕組み
その"resilience"が成り立つための仕組み、今回学長やプロボスト、その他色々な分野の副学長と直接話す機会の中でヒントを沢山いただきました。
資金以外で大学において大事だと思ったことは、以下の通り。
- 大学の教員採用は世界でトップレベルの人材を採用する。現状NUSはNUSで博士を取得した教員が採用されることはほぼないそうです。NUSのらキングがどんどん上がっていくので、世界から優秀な人材が応募してくる。そうすると、NUSが博士をとった人ではその応募者の競争では勝ち残れないそうです。現在、教員の9割くらいが、米国か欧州(特にイギリス)で博士を取得した人だそうです。確かに、その大学の出身者が多く採用される大学というのは逆にいうと、その大学より reputationの高い大学の出身者が応募するほどの魅力がないということなんだと思います。その大学の出身者の比率の高い大学にはおそらく未来がないのだろうと思います。きちんとグローバルな厳しい競争の輪にその大学が参加できてるかどうかは、resilienceの前提条件だと思います。
- 教員が定年で退任したら、その教員の枠は学部ではなく、学長& Provost預かりになるそうです。その学部は、どんな教員を雇うかという明確なプランを示さなければ、学長 & provostはその枠を取り上げて、違うもっと重要な学部に割り当てるそうです。こうすることによって、重要な学部に人材が集まるようになる。また既存学部は次の時代に必要な人材は何かを考えてリクルートするようになる。ちなみに20年くらいで全体の3分の1をリプレースすることができて、その運用は学部ではなく学長とprovostがリーダーシップを持つことができる。日本の一部の大学のように、退任した人と同じ分野の人を採用するという仕組みでは、当然時代にあった学部への変革はできません。これもreslienceにおいてとても重要。
- 学部の教員構成で、若い人の比率が重要とのことです。NUSもそこまで実現できてないけれども、理想は50%くらいを、tenure-trackのAssitant Professorにすることだそうです。Tenureを持っている教員やシニアな教員は常に保守的になる。そういう人は、外部環境に対応することはできないことが多く、それができるのは若手だけ。日本の大学の年齢構成は、どんどん高年齢化していく一方です。社会に役立つ大学は、若手教員が半数いること。これはその通りと思いました。
- 教育は大学の根幹。授業がちゃんとできない教員にプレッシャーをかけることが大事だそうです。毎年の学生の授業評価で、全体の下位5%(最近は10%にあげようとしてる)は、ブラックリスト化して、副学長レベルで常に監視しながら、改善を求めていくそうです。tenureとった後も、このようなプレッシャーがあるかないかはとても大切です。
と、今回学んだことの一部をまとめてみました。予算に頼るばかりではなくて、大学としてこのような制度を導入することができて、初めて社会から信頼される大学になるのではないか、と思います。でも現実的には、なかなか日本の風土には合わないものも多い気がします。
大学生の留学のインパクト
先日NUSで聞いて面白かったものの一つは、大学生が留学した場合に、その後どんな効果があるかを定量的に分析したものです。内生性 (Endogeneity) はpronpensity score matchingで対応しようとしています。
ざっくりいうと、NUSの留学プログラムで1年留学すると、就職後の月収が平均で$190上がるという結果でした。留学先は、米国、中国、英国の順でより効果がでかいとのこと。所属学部を見ると、ビジネス、社会科学、自然科学の順番で効果が大きいそうです。
なお、新しい仕事を見つける時間が短縮するなどの効果はないそうです。またGPAの向上も見られるもののインパクトはとても小さいとのこと。
日本でこういう分析をやろうとしても、日本の大企業に就職すると初任給はそんなに差がでないので有意な差はでないような気がします。日本の学生は、海外留学するとより就活の時間が短くなったり、成績があがったり、という効果はあるのでしょうか。やっぱり他の学生と違う経験をした学生がより良いキャリアを歩めるような人材マーケットはとても大切だと思っています。
こんな風に教育プログラムを評価していくことは日本においてもとても大事だと思います。
Centre for Future-Ready Graduates
NUSには、Centre for Future-Ready Graduatesというセンターがあるそうです。これは他の大学でいうところの、キャリアセンターを改組したものだとのこと。
キャリアセンターというと、卒業前になって、学生が就活するときに相談する場所。でも本当に大事なのは、大学1年生で入学したときに、キャリアのことや、今の21世紀型の労働市場において、大学でどんなことを学ぶべきかを考えること。というわけで、大学1年生からスタートするキャリア支援をやっているそうです。
特に去年くらいからは、全1年生必修の"Roots and Wings"というワークショップを単位つきでやっているそうです。
このワークショップで、以下の4つの力を養っていくとのこと。
Aims of the Programme - 4 Main Outcomes
- Focus - Reduce distractibility, manage stress, lengthen attention span
- Self Awareness - Of personality traits, strengths & challenges
- Interpersonal Awareness & Effectiveness - Collaboration, conflict resolution & empathic conversations
- Personal Vision - Define & articulate goals and vision statement
このプログラムを通じて、自分に自信を持ったり、ストレスへの対応法を学んだり、ResilienceやEmpathyなどの今の時代に必要な能力を養っていくとのこと。
このワークショップの教材もシェアしてもらうようにお願いしてきましたが、かなり良くできているプログラムだと思います。
日本の大学でもぜひこういう力を養っていける場が欲しい。僕が昔慶應の頃にアントレプレナーシップの教育で教えたいことをもう少し一般化するとこういうプログラムになるんだろうと思います。