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Science, Technology, and Entrepreneurship

政策研究大学院大学助教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

米国の経営学はドメスティック志向か


少し前に、東京大学の藤本先生の記事、「「アメリカ離れ」が進む 日本の経営学会事情」を読んだ。この記事は5年前に書かれていたものであり、私自身が今米国のアカデミアで体験している実感からすると、この5年間で米国の経営学コミュニティには変化があるようにも思うが、アメリカに留学している若手が少ない、という現状は今でもその通りだと思う。

80年代から90年代初頭には、藤本先生以外にも、石倉、金井、米倉、國領、三品、榊原、野田、延岡、武石、青島の諸先生方が、ボストンに集積していたというのだから、その迫力はどう考えても今の米国留学の層にはない。私の知る限り、今現在米国の経営学の博士課程にいる人は、全米でも数人なのではないかと思う。ちなみに、米国留学中の経営学の博士課程の横のつながりを作りたいと思っているので、米国留学中の方はご連絡いただければと思う。


藤本先生の記事によれば、若手で留学を志す人が少ないという。実は私の周りには、留学志向の人が少なくない。しかしながら、自分の研究テーマで引き受けてくれる教員が見つからなかったり、受験にあたっての準備が大変で諦めてしまう人も多い。また米国の経営学は博士課程はどこも軒並み倍率が30倍、昨今は中国、韓国、インドの受験者も多く、diversityの観点からも日本人が合格するのは容易ではない。私自身も受験では苦労をしたし、実際には受けても受からない人も数多くいるように思う。なので、留学を志す人の実数は、実際に渡米している人数よりはかなり大きいと思うが、それでも、経営学会全体を見ると、昔ほどは多くないのだろう。私自身の自戒も含めて、日本の研究環境はそこそこの水準だし、海外にわざわざいかなくても日本で出来てしまうことも多いから、その環境に満足してしまうということも容易に想像つく。80年代に多くの先輩方が留学していた時代に比べると、明らかに日本国内の研究環境が変わった。


ところで、藤本先生の記事にあった、日本人留学生が減ってる要因の一つとして、米国の経営学の研究がドメスティック志向というご指摘については、私が今米国のアカデミアに身をおいてみて感じることとは若干異なる。元来米国の経営学がドメスティック志向、というのは決して最近の傾向ではないように思う。この傾向は、ここ数十年変わっていないのではないか。すなわち80年代から90年代初頭には、日米の比較研究は盛んであったが、逆に日米比較に偏りすぎていたようにも思う。米国は、自分たちが危機感を持つ国に、フォーカスを絞りすぎる傾向があり、当時の日本と、今の中国•インドの偏りは、同じ雰囲気を感じる。80年代が今よりもグローバルだったかというと個人的には疑問で、この比較をするためには、80年代の日米以外のグローバルな経営学の研究の比率と、今のインド•中国以外のグローバルな経営学の研究の比率を比較することが必要だと思う。ちなみに、米国にとって危機感を持つ国との比較研究なので、その発想自体はそもそもドメスティックなようにも思う。


一方でこちらでの研究指導の体験からすると、米国の経営学は今まで国内ばかりみすぎていて、米国で通用することがグローバルに通用するのか、という疑念がどんどん大きくなっているので、昨今は真の意味で、研究領域がドメスティックであることの危機意識を経営学者が持っているように感じる。私の研究分野でいうと、サイエンスの商業化ということでは、日本は長らく世界有数の科学技術費が支出されている国なので、私が日米の比較研究を提案すると、米国の学者にも興味を持ってもらえる確率が高い。この点については、むしろ私が日本人であることの強みを感じる。ちなみにこの傾向は、米国の学者が日本に危機感を持っているというよりも、純粋にアメリカでしかデータを得られていないことに、研究の外的妥当性の低さを感じていて、興味を持たれるという傾向にあるように思う。私の実体験からは、アメリカも今やグローバル化に動きつつあるように思う。ドメスティック志向だったのは事実だが、それはもはや過去の話になりつつある、というのが私の実感だ。


藤本先生の記事は5年前のものだし、藤本先生のおっしゃるポイントも良く分かる。一方で、現在アメリカのアカデミアに身をおくものとして、藤本先生の問題提起は興味深く、今後この問題については深く考えていきたいと思う。上記のまとめは、この1年間の米国滞在で私が感じたものであり、思考の深みも検証も不十分なので、引き続きこの問題について考えを深めていこうと思う。もう少し思考が整理できた段階で、きちんとした文章にしてみたいと思う。