イノベーション学者であるからこそ守るべき伝統
私はイノベーション学者を目指しています。イノベーションというのは、既存の価値観を破壊し、新しい価値を生み出すことを指します。「創造的破壊」こそイノベーションの本質です。さて、イノベーションというのは社会にとって善なのでしょうか、悪なのでしょうか。古き良き伝統。これを破壊することが、本当に社会にとって善なのでしょうか。
そんなことを考えだすと、日本には古き良き伝統が沢山あることに気付きます。世界が真似できないような素晴らしい伝統が日本にあります。その象徴の一つは天皇制なのではないかと思うようになりました。
慶應義塾150年記念式典は、天皇皇后両陛下のご臨席のもとに執り行われました。私は、なぜ慶應義塾という国から独立した存在である慶應義塾が天皇皇后両陛下をご招待するのか、違和感を持ちましたので参加しませんでした。でも、なぜご招待したのか。それをきちんと学びたいと思い、その後天皇制について学ぶようになりました。
最近読んだのは、小林よしのり氏の「天皇論」です。
- 作者: 小林よしのり
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私は、昔から「ゴーマニズム宣言」のファンで、「戦争論」から始まる「○○論」シリーズは全て読んでいます。「ゴーマニズム宣言」には色々と議論があるものの、私はこのシリーズから一定のものを常に学び続けています。小林よしのり氏は、漫画家という立場で、サブカルチャーという文化を活用しながら、あえて過激なことを主張している側面があります。従って私は全て鵜呑みにしているわけではありません。でもそれは、彼が漫画家であるからと言って卑下している訳ではありません。漫画というのは一つのすぐれたメディアですし、そこで主張することが、例えば学会の論文の主張よりも、「主張」として価値が低いとは思っていません。メディアとか誰が書いたかということは関係なく、色々な主張を知りたい。そのうちの一つとして、「ゴーマニズム宣言」は興味深いと思っています。
ちなみに、もう一つ昨年読んだ本で、「天皇陛下の全仕事」という新書があります。
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この二つの主張は類似するところが多いように感じました。天皇陛下が如何に多忙な方であるか。日本という国家にとって重要な存在か。決して政治には介入せずに、国民にとっての伝統の象徴としてどれだけ、日本の平和に寄与してきた存在か。ここには日本に誇るべき文化があります。
時を同じくして、私はたまたま、映画「天使と悪魔」を見に行きました。私は、幼稚園がキリスト教の幼稚園。小学校4年生まで教会学校に通ってキリスト教の価値観と教えを学んできました。そして、小学校5年生から中3まではイタリアのローマで育ちました。子供のころに学んでいた、キリスト教の教えは、当時真実なのか人工的なものか分からない状況の中、ローマに行き、キリスト教世界の実態を目の当たりにしました。バチカンはもちろん、聖ペテロの墓、聖パウロの墓など、子供のころに学んでいた人物の生きた証であろうものを実体験してきました。
そんな私にとって、前作「ダ・ヴィンチ・コード」は衝撃でした。
- 作者: ダン・ブラウン,越前敏弥
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今回の「天使と悪魔」はローマが舞台ということでぜひ見てみたい映画でした。
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この映画を見てみて、出てくるシーンは、ある一つの教会を除いて、全て私が何度も行ったことのある思い出の場所でした。Piazza del Popoloは私の家から市内に車で行くときの通り道で、近くに日本食のお店があったところですし、Piazza NovonaはAmerican Schoolの友人が住んでいた家のある広場でしたし、サンピエトロ寺院、サンピエトロ広場は何度も行っています。映画の中で重要な役割を持つ聖ペテロの墓にも何度も行っています。
この映画を見て感じたのですが、ローマ法王が亡くなるときと、天皇の崩御というのは極めて近い価値観があるように感じました。天皇制をどう位置づけるかというのは色々なイデオロギーがありますが、それを言い出すとローマ法王も同様でして、この二つには少なくともある部分においては共通点があるように感じました。特にローマ法王が西洋社会で果たしてきた役割と、天皇陛下が日本で果たしてきた役割には共通点があるように思います。
間違いなく、どちらも、良いか悪いか別として、1000年以上の「伝統」を守る守護者であり続けたことには異論がないように思います。
さて、この伝統とイノベーションというのはどう対峙していけば良いのでしょう。天皇制を考えるにあたって、美智子皇后のご成婚50年のときの記者会見はある一つの答えを示しているように思います。
伝統と共に生きるということは,時に大変なことでもありますが,伝統があるために,国や社会や家が,どれだけ力強く,豊かになれているかということに気付かされることがあります。一方で型のみで残った伝統が,社会の進展を阻んだり,伝統という名の下で,古い慣習が人々を苦しめていることもあり,この言葉が安易に使われることは好ましく思いません。
また,伝統には表に現れる型と,内に秘められた心の部分とがあり,その二つが共に継承されていることも,片方だけで伝わってきていることもあると思います。WBCで活躍した日本の選手たちは,鎧(よろい)も着ず,切腹したり,ゴザルとか言ってはおられなかったけれど,どの選手も,やはりどこか「さむらい」的で,美しい強さをもって戦っておりました。
陛下のおっしゃるように,伝統の問題は引き継ぐとともに,次世代にゆだねていくものでしょう。私どもの時代の次,またその次の人たちが,それぞれの立場から皇室の伝統にとどまらず,伝統と社会との問題に対し,思いを深めていってくれるよう願っています。
この言葉というのは深いと思いました。「伝統」は大事、でも「イノベーション」も大事です。「伝統」とは何たるかを深く考えさせられる言葉であるように思います。美智子皇后は、キリスト教の教育を子供の頃に受けて、皇室の中での人生を送られたからこそ、このようなメッセージをおっしゃったように思います。
そういえば、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストであるGuy Kawasakiが、アントレプレナーシップの本質は、「社会において意味を作りだすこと」、と言っています。この意味とは、"1. Increase the quality of life."、"2. Right a terrble wrong."、"3. Prevent the end of something good."の3つの方法があると述べています。この3つ目の「良いものが終焉するものを防ぐ」という役割は、まさに「伝統を守る」ということに他ならない、と思います。
日本には日本の良さがある。ヨーロッパにはヨーロッパの良さがある。アメリカにはアメリカの良さがある。この3つの文化を体感してきた私としては、実はこの3つの良さには根幹で、「人間的」な共通の価値観があるように思いました。
私がこれからイノベーション学者としてのキャリアを歩むにあたって、色々な価値観を持ちながらも、「伝統」を大事にするイノベーション学者でありたい、と心を新たにすることができた貴重な1週間でした。ちなみに、この1週間、決して英語の勉強や研究をさぼっていた訳ではありませんよ。