Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

「時を告げる のではなく、時計をつくる」 -SIVの事後評価-

はじめに

SIV事務局長を退任して、ほぼ2か月がたちました。不思議なもので新しい活動にどんどん適応していく中で、SIVの活動は自分にとって過去のものとなりつつあります。SIVは発展的に改組し、KIEPとなりましたが、日々のoperationへの興味はどんどん薄れてしまう一方です (それは良いことだろうと思っています)。

4月以降、色々な人から、前任者として今のKIEPやその周辺の活動をどう見ているか、という質問を良くされるので、興味が薄れすぎないうちに、私がどんなことを考えて、何を残そうとしていたか、そして今のKIEPのエコシステムをどのように見ているかをまとめておこう、と思いました。

「時を告げるのではなく、時計をつくる」

トム・コリンズによる「ビジョナリー・カンパニー」には、「時を告げるのではなく、時計をつくる」というフレーズがあります。経営者が会社や組織をリードするときに、「時間を正確に言う」のでは、その人がいなくなった後に、残った人は時間を知る術を失ってしまいます。そうではなく、「時計をつくる」すなわち、価値基準なり判断基準を組織に明確に埋め込むことが重要である、ということを指し示すフレーズです。組織において極めて重要なのは、持続性ですが、一人のカリスマは、「時間を正確に示す」ことは得意だけれども、そのような組織が持続性になるかは分からない、ということです。

私自身は、SIVを立ち上げた6年前から、SFCにおけるインキュベーションの試みをどのような形で持続的なものにしていくか、ということを常に考えていました。実は、最初の構想では、大学の組織としてインキュベーション担当部署を作り、SIVはそこにリソースを移殖すれば良い、と安易に考えていました。ちなみに、「大学の組織」とは、大学からきちんと予算がついて活動するということで、大学の経常費から予算化されれば、持続性のあるものになるだろう、と極めて安易に考えてみました。そのくらい安易に考えていたからこそ、SIVの活動をスタートしようと思った、ということも逆に言えるような気もします。

しかしながら、SIVをいざ立ち上げてみると、大学の腰は重い。いくらがんばってもなかなか大学の公式な取り組みになる目途が立たず、悶々とした日々を送っていました。それと同時に、いくら大学の組織として、インキュベーション担当部署ができたとしても、それはいわば、「大仏があるけれども魂が入っていない」という状態で、これを持続と呼ぶのだろうか、と疑問を持つようになってきました。

そんなときに、海外視察の中で学んできたコンセプトが「エコシステム (ecosystem)」でした。エコシステムとは、日本語では生態系と翻訳されます。大学がベンチャー企業を育てるために、大学周辺に自然発生的に構築されるベンチャー支援の仕組みのことです。様々な組織が自律的に活動し、かつ相互に連携するような場です。SIVが大学において、持続性のあるインキュベーションの仕組みを作りたいと思った場合、大学の公式組織に組み込むという陳腐な発想ではなく、SIVが先導してエコシステムを構築する、これが大事なのではないか、と思うようになりました。このエコシステムが構築できれば、「時を告げるのではなく、時計をつくる」ということになるだろう、と。

SIVは自分が人生をかけて携わっていた仕事です。自分が命をかけて携わる以上、やるからには、中途半端なものではなく、後に残るものを作りたい。それは建物や組織ではなく、人が継続的に情熱を持ってコミットし続けることのできる仕組みです。そのことに気付いた瞬間から、私はますますSIVの活動に情熱を注ぐようになりました。

エコシステム

SIVの活動は2年目の終盤くらいからエコシステムを創り上げる活動にシフトしました。SIVが色々なプログラムを立ち上げる際に、そのプログラムの実行主体をSIVとして行うのではなく、新たな組織をスピンオフさせていく、という手法を考えました。一番初めの実験がメンター制度でした。メンター制度とは、若手の起業家は経験も人脈もない中で、慶應義塾大学のシニアな卒業生がそのサポートの仕組みを行う、という仕組みです。この制度スタートしてみたところ、あっという間に50人を超える方が集まって下さったので、この制度をメンター三田会としてスピンオフして新たな組織を作っていただくことにしました。この方式の有効性が分かったので、その後も、全塾横断勉強会をK-TEC (Keio Technology and Entrepreneurship Club)へ、SIVコンテストをKBC実行委員会へ、と多様な組織がスピンオフして誕生することとなりました。

一方で、多様な組織がスピンオフするようになると、それぞれの組織の自律性が重要である一方、独立性が高くなりすぎると、相互の連携が行われずに、ばらばらになってしまいます。それを防ぐために考えたのが、それぞれの組織が協調するためのメカニズムを作ることでした。具体的には、SIVのエコシステムは、以下のようなメカニズムを組み込むことにより、相互連携を目指しました。

  • SIVのメンター制度の運営をメンター三田会に業務委託
  • メンター三田会の会費の一部をSIVの運営費として寄付する
  • SIVとメンター三田会のサーバを共有する
  • SIVリサーチ株式会社(現株式会社MMインキュベーションパートナーズ)について、村井先生と私の持つ株式(全体の52%)をメンター三田会の有志の皆さんに譲渡する
  • 慶應藤沢イノベーションビレッジ(SFC-IV)のインキュベーション・マネージャーを株式会社MMインキュベーションパートナーズ(MMIP)にて雇用し、大学がMMIPにインキュベーション業務を委託
  • KBC実行委員会の運営するコンテストにメンターが積極的に支援
  • アントレプレナー概論1、2の最終課題をKBC実行委員会の開催するコンテストへの応募とする
  • SIVの運営委員会に、メンター三田会のコアメンバーに参画していただく
  • SIVのコアメンバーがメンター三田会に入会し、一部は幹事に就任する

このような仕掛けを作ることで、エコシステムの個別組織が相互に連携する基盤が整いました。

カルチャーと規範を作る

もう1点エコシステムの相互連携を促すために極めて重要なのは、エコシステム全体を貫くカルチャーや規範を醸成することです。SIVエコシステムの場合、全体のミッションは「慶應義塾のインキュベーションシステムを構築する」ということでしたから、ミッション共有は容易でした。それに加えて、SIVが先導する形で以下のようなカルチャーと規範を定義し、ことあるごとに皆さんに伝えていました。


1. Don't trust over 30.
SIVで支援したいのは若手起業家です。本当に斬新な発想は、20代までの人から出てきます。SIVは、年功序列のドグマにはまることなく、若手を主役と定義し、みんなで若手を応援していこう。また若手に、自分たちが担っていくんだ、という気概を持ってもらいたい。ということで、"Don't trust over 30."という規範を明確にしました。


2. 技術志向
インキュベーションで一番重要なのは人材です。志を持った人材がSIVに集まることは極めて重要です。でも、具体的に社会に役立つビジネスモデルを確立するためには、コアコンピュタンスが重要で、そのためには、革新的な技術を活用するベンチャー企業を育てることが必須です。学生の単なる思い付きのアイディアではなく、技術開発ベンチャーを育てたい、という方針を明確にしました。


3. グローバル志向
21世紀におけるインキュベーションは、スタートした瞬間からグローバルな競争にさらされています。日本のマーケットだけを見るのではなく、はじめからグローバルな視野を持つ、という方針を明確にしました。


4. 研究と実践
SIVは大学における研究活動です。しかしながら、象牙の塔に閉じこもることなく、積極的に実践にもチャレンジしていきたいと考えていました。一方、大学内で「実践」に興味を持つ学生は、「研究」を軽視しがちです。その意味でも、「研究」と「実践」を両立することが大学におけるインキュベーションの価値の源泉だ、という方針を明確にしました。


5. Royaltyではなく、Compassion
SIVは大変多くの方々のご協力により成り立っています。またSIV周辺の多様な組織のご協力により成り立っています。この全体のエコシステムをSIVが先導していく必要があります。しかしながら、SIVが求心力を持つために、関係者にroyaltyを持つように迫ってしまうことは「押し付け」になってしまう。そうではなく、多くの皆さんがSIVの理念に賛同し、共感(Compassion)していただくことで全体の求心力を保つようにしたい。そのために、RoyaltyではなくCompassionという方針を明確にしました。


6. Give and give
一般的にビジネスにおいては、価値の交換が重要で、これをgive and takeと呼びます。しかしながらSIVとして、コミュニティのパワーを持ち発展していくためには、give and takeではなく、give and giveの精神であることが望ましいと考えました。


7. For profit and philanthropy
昨今、ソーシャルアントレプレナーシップの重要性が高まりつつあり、学生の間でもその機運が盛り上がってします。しかしながら、SIVはビジネスのインキュベーションであり、あくまでfor profitのビジネス創出を重視したいと考えています。一方で、米国ではphilanthropy(博愛主義)という概念が広まりつつあり、大きな利益を得た後はその利益を社会に還元するということが規範化されています。SIVにおいては、利益を得る(for profit)ビジネスという目標を明確にし、それと同時に利益を得た後は社会還元しよう、というカルチャーを持つ、という方針を明確にしました。


これらのカルチャーや規範は、どこまでSIVエコシステム全体に浸透していたかは分かりません。でもこれを私がしつこく言い続けたことは一定の意味があったように思います。

SIVからKIEPへ

私がSIV事務局長退任を決意し、SIVがなくなることが決まった2007年9月以降は、正直申し上げて、このエコシステム全体が今後どのような形になっていくか、という点については不安もありました。しかしながら、今までSIVが先導してきたエコシステムにおける個別組織は、むしろSIVがなくなることに危機感を持ち、より自律性、独立性が高まったように思います。

私の任期の最後の半年間は、エコシステムの多様な人材が今まで以上に真剣にコミットするようになり、新しいフェーズの立ちあがる機運を感じることができるようになりました。そして、SIVがなくなるかわりに新たにKIEPコンソーシアムが立ち上がることが決まりました。KIEPコンソーシアムが立ち上がった際に、はじめから多様な応援団によるエコシステムに囲まれてスタートできたのは、SIVSIV単独ではなく、エコシステムを作ってきたからこそできたことであったように思います。その意味で、私が属人的にスタートしたSIVの活動も、エコシステムのお陰で、実は後半は私個人に依存するという属人性はずいぶん下がっていたんだな、ということが分かりました。


さて、この4月から私はSIVを離れました。従いまして、直接KIEPやその周辺の活動を直接的に参加したり見たりするチャンスはありません。でも、色々な人とお会いする際に、最近の様子をお聞きします。それを見ている限り、新たな組織が立ち上がったり、新しい活動がスタートしたり、むしろ私が在任中よりも活性化し、発展していることが多いように思います。

この数カ月の活動を見ていても、

  • KIEPによるKIEP Forumの開催とシーズの紹介の場の開始
  • KLICによるソーシャルディナーの開催
  • KLICが主導するSFC-IVとKIEPがインターン制度の開始
  • KBCのコンテストの新しい形の模索
  • 國領研究会におけるビジネスプロデュースの実践とシーズの発掘


一般的に、人というのは、「自分がやっていた代が最も活発なときだった」と思いたいもので、「後任にかわった途端に更に大きく発展している」という状況は、面白くないと思う人も少なくないような気がします。でも私はこの活動のfounderとして情熱を注いできた以上、私がいなくなって更に発展していくところを目の当たりにすることほど、幸せなことはありません。

間違いなく、KIEPの時代になって、SIVよりもコミュニティが発展しましたし、今後の成長に期待できるプラットフォームに進化したように思います。そういった意味では、私の活動も少しは、「時を告げる のではなく、時計をつくる」 ことに近づいたのかな、という気がしています。


以上、色々な人に最近良く聞かれる質問でもあるので、今がんばっていらっしゃる皆様へのエールとしての意味も含めて、ブログでまとめてみました。