Science, Technology, and Entrepreneurship

早稲田ビジネススクール准教授。研究分野である、「科学技術とアントレプレナーシップ」に関することを中心に、日常生活で考えたことをお届けします。

バイオテクノロジー産業は崩壊している


HBSのPisano教授による論文。昔読んだ「サイエンスビジネス」の内容とほぼ同じだが、HBRの論文形式でまとまっているので、英語で読み直してみました。

Pisano, G. P. “Can Science Be a Business?”, Harvard Business Review, October 2006


バイオテクノロジー産業は30年間で、多大な資金を獲得してきた。これらの投資は、バイオテクノロジーがいずれ、ヘルスケア産業を生み出すと信じられてきたからだ。しかしながら、今現在もバイオテクノロジーは成長中の産業であり、アムジェンやジェネンテックのような例外を除いて、ほとんどのバイオテクノロジーのベンチャー企業は収益を得ていない。もしくは、バイオテクノロジーが他の創薬の研究開発と比べて、高いパフォーマンスを得ているという証拠もない。これらの状況は、利益追求型で投資家を満足させなくてはならない組織が、基礎研究を中核としたビジネスを成立させることができるのか、という新たな疑問を提示する。


バイオテクノロジーの産業構造は、ソフトウェア、PC、セミコンダクターなどの既存のハイテク産業で有効に機能したモデルを借用している。これらは、既存のハイテク産業では有効に機能してもバイオテクノロジー産業には適さない。この産業構造は 、基礎研究とビジネスの両方のニーズを満たしていない。この構造は、ベンチャー企業、大企業、大学、研究所、投資家、顧客などの産業への参加者、これらをつなぐ組織間関係などにより規定される。バイオテクノロジー産業が成功するためには、これらの産業構造が、リスクと報酬のメカニズム、学際的なスキルや能力を統合する手法、産業全体としての知識開発の3つを推進しなくてはならない。


バイオテクノロジー産業は、1980年からの20年強で、総売り上げは大きく向上したものの、利益はゼロ付近の横ばいである。新たに開発された創薬一つあたりの研究開発費は、既存の研究開発手法とバイオテクノロジーにおいて差がない。人間への治験の総数も、バイオテクノロジーの活用前後での変化は見られない。


これらの証拠は、バイオテクノロジー産業の構造が適切にデザインされていないことを示している。バイオテクノロジーは、1) 高く長い不確実性、2)研究開発はモジュラリティが低く、学際的な知識を統合的に活用しなくてはならない、3) 知識の多くは暗黙知、といった要因に基づく。これの特徴は、資金調達を困難にする。ベンチャーキャピタルは、3年程度の時間軸で判断し、バイオテクノロジーに必要とする10〜12年の視点は持ち合わせない。またリスク分散からの観点からも一つのベンチャーに投資可能な資金は限られる。したがって、バイオベンチャーは、公開後の資金調達に依存している。しかしながら、公開市場における資金調達は、研究開発特化型の企業には不適切である。バイオベンチャーの研究開発には情報の非対称性があり、投資家のリスク回避の傾向から、適切な研究開発への投資が困難となる。バイオテクノロジーの研究開発は、学際的な領域の統合が必要であり、これを満たすためには、垂直統合かマーケット内による密接な連携が必要となる。バイオテクノロジーは、小さな組織による専門に特化した研究開発と、様々な分野を統合させた研究開発と、二つの矛盾するニーズを持っている。バイオテクノロジーは、知的財産権の保護を重視するが、これは業界全体での知識の共有を阻害しており、結果的に産業を停滞させている。


バイオテクノロジーの産業構造は、更なる垂直統合、少数・密接・長期的な企業間連携、少数の独立したバイオベンチャーに収斂、疑似公開企業、大学の役割の再定義、学際的研究の推進、トランスレーショナルリサーチの具現化などの変革が必要である。これらの条件を満たせば、サイエンスの商業化は可能である。産業構造の変革は、過去にも新たな科学技術の導入と共に起きてきたものであり、決して難しいものではない。


[論点]

  • バイオテクノロジー産業は、どの程度サイエンス産業を代表していると言えるのか。
  • そもそも何をもってサイエンス産業と言うのか。
  • 今後重要になると予測されるサイエンス産業には何があるか。
  • トランスレーショナルリサーチはどのようにマネージ可能なのか。研究者のインセンティブをどのように確保するのか。
  • ベンチャーキャピタル産業は、サイエンス産業に適した変革は可能ではないのか。
  • 知的財産権はどのような制度設計を行うべきなのか。
  • 政府の補助金はどのような制度設計をすべきか。
  • 適切なベンチャーフィランソロピーの設計はどのように行うか。


ちなみに、Pisano教授の本もお勧めです。


サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する

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Science Business: The Promise, the Reality, and the Future of Biotech

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